3-6
気が付くとイアンは、その身を地面へと投げ出していた。
身体がダルい。頭が重い。それでも先ほどまで溺れていたことは覚えている。
スージーの身体を抱きしめて二人とも川底へと沈んでいった。
その自分の身体が陸の上にあることの異変に気が付くと同時に、勢いよく起き上がって辺りを見渡す。
「スージー! スージーは……?」
どうやらイアンは川岸に打ち上げられたらしい。距離から考えると北側――つまり目的地であるリザブール側の川岸に着いたと考えるのが現実的だろう。
周囲に人影は見えない。助かったのは自分一人なのか。そのことに安堵よりも不安と困惑を覚えて、イアンは必死にスージーの姿を探す。
「……スージー!?」
ぼうぼうに伸びた草むらの陰に、見慣れた色の衣服が見え隠れしている。
それを見つけるとイアンはすぐに駆け寄った。
疲労が身体全体を包み込んでおり、速くは動けない。それでも自分のつらさなど意に介さずイアンは草むらへと近寄った。
そこには思った通り、ぐっしょりと濡れた黄色のワンピースを着たスージーが倒れていた。
「スージー! スージーー!!」
身動きしないスージーの上体を抱き起し、ありったけの声を振り絞って名前を呼ぶ。
反応は無い。だが、微かに息はある。目を閉じてぐったりとしているが、呼吸はしているし脈もある。
生きている。自分同様、スージーも助かったことに、とりあえずはホッとした。
けれどもスージーの顔は青ざめ、イアンが大声で呼びかけても目を覚ます気配が無い。
明らかに衰弱しており、このまま放っておいては命に関わるかもしれない。
イアンは再び周囲を見渡した。
(誰か……誰もいないのか? 人影だけじゃない。建物の姿さえ見えない)
目的地に近付いたのはいいが、スージーを失ったのでは意味が無い。イアンは焦りを胸に、何とかして助けを求めることにした。
ぐったりとしたスージーの身体を抱えると、川を背にして左右を見渡しながら移動を始める。
医者や病院でなくてもいい。せめて民家の一軒でも建ってはいないのかと願いながらスージーを運ぶ。
イアン一人の身体でも疲労で重たくなっているのに、この上スージーを運ぶとなると容易なことではない。
小柄なスージーの身体が、抱えるイアンの両腕にズッシリと重さを伝えてくる。
(僕はいい……僕みたいに役に立たない奴は、このまま力尽きたって構わない。でも、スージーは……! いつも僕のことを元気づけてくれるスージーだけは死なせちゃいけない……絶対に助けなきゃ!)
重たい足取りで必死に歩き続ける。やがて小高い丘が見えてきた。その側面は崖になっており、横穴が開いている箇所がある。
洞窟だ。中は広いのだろうか。猛獣が潜んではいないだろうか。警戒しながらもイアンは暗い洞窟の中へとスージーを運んでいく。
中はそれほど広くはなく、外の光(曇天といっても洞窟の中よりは明るい)が漏れている。生き物の気配は無い。
イアンは足下の小石を払うと、自分が着ているローブを地面に敷いて、その上にスージーを横たわらせた。
「スージー……まだ起きないか。どうすれば……」
暗い洞窟の中ではスージーの表情や顔色までは分からない。耳を近づけて確認した呼吸は、まだか細い。
そこでイアンは気が付いた。このまま濡れた衣服を着せていては身体がどんどん冷えていき、体力を奪われるのではないかと。
医者も病院も見つからない以上、スージーの命を守れるかどうかはイアンに懸かっている。スージーの命の灯を消さないためにも、イアンが出来ることを尽くさなくてはならない。
(こんな場合の応急処置をアモット先生に聞いておけば……今から悔やんでも仕方ない。そんなことを嘆くよりスージーの服を脱がしてあげないと)
スージーは相変わらず、ぐったりとして動かない。ワンピースも濡れた肌に張り付いている。そんな状態でスージーの服を脱がすのは困難だった。
それでも何とかスージーの頭と両腕からワンピースを剥がす。その時、コトリと何かが地面に落ちる音がした。
「これは……ファイヤーピストンだ!」
暗がりの中、手探りで落ちた物を拾う。その形状や重さなどから火起こしに使うファイヤーピストンだと思い当たる。
そう言えば、とバーリンダムがレトリビューションに襲われた時のことを思い出す。
スージーを街から連れ出そうと彼女が住むハルフォードまで迎えに行った時だ。スージーは部屋の中の物を手あたり次第、ワンピースのポケットに入れていた。
その中にファイヤーピストンも含まれていたのだ。これで火を起こせば冷え切ったスージーの身を温めることも出来る。
あの時はスージーを急かす気持ちでいっぱいだったが、まさかこんな形でスージーの命を助けることに繋がるとは。
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