第三話 アーチエネミー
3-1
バプティストのケンを振り切ったイアンとスージーは、あえて駅から離れた。
イアンが目指すのは北にあるリザブールの街であり、バーリンダムから移動するには鉄道を利用するのが最も早く着く。
今はバーリンダム中の人々が避難のために駅に集まっているだろうし、人混みに紛れることで「ヨシュアの木」の目から逃れることも出来るかもしれない。
しかし、混雑で身動きが取れない状況では逃げ場も無い。駅には「ヨシュアの木」の僧侶も常駐しているため、列車に乗り込む前に彼らに見つかる確率の方が高い。
そうなればイアンは「ヨシュアの木」によって別の都市へと連行されてしまうだろう。
イアンは安全にリザブールへと辿り着くため、鉄道を利用することを諦めた。かと言って、徒歩では時間が掛かり過ぎる。
「リザブールがあるのは、バーリンダムの北。二つの街を隔てるマーセイ川の先だ。川には鉄道橋が架かっているから、鉄道を使えば三時間で着けるけど……徒歩で行くとなると東から大きく迂回することになる。ヘタしたら何日か掛かるかも」
十二歳で親元を離れて以来、イアンは「ヨシュアの木」によって行動を制限されてきた。イアンがバーリンダムの外に出るのは今回が初めてとなる。
それでも大まかな地理は把握している。
西に広がる海と繋がっているマーセイ川は、そこから東西に横切る形で流れている。
川沿いに行けば遥か東のチェストールまで行き着くが、どこまで行けば北へと渡る橋が見つかるかまではイアンには分からない。
「やっぱり、舟でマーセイ川を越えるのが一番の近道だな。川岸に行けば、きっと漁師の舟があるはずだ。行ってみよう」
「うんっ♪ 行ってみよー!」
イアンの独り言にスージーが明るく返事する。スージーにしてみれば、イアンの提案に賛成してみせたといったところだろう。
イアンはスージーの銀色の髪を優しく撫でて、いつもの「えへへ」と笑う仕草を引き出す。
イアンが川を迂回する道を避けた理由の一つは、スージーにあった。
(僕一人ならともかく、スージーにまで長い道を歩かせる訳にはいかない。もちろん、またレトリビューションが発生する前にリザブールに行きたいという理由もあるけど)
バーリンダムの中心部を離れ、北へ北へと移動を続ける。次第に建物の姿も少なくなっていく。
最後に見た標識を頼りに、イアンは自分たちが歩いている道が北へと通じていると信じて歩みを進める。
鉄道の線路からも馬車用の道からも離れた小道は行き交う人の姿も他に無い。「ヨシュアの木」の捜索に捕まったり、人混みで足止めを食ったりする心配が無いことだけは幸いだった。
急ぐ旅ではあるが、スージーの足も気遣う。今のところはイアンとの二人旅を楽しんでいる様子だが、油断はならない。
スージーはイアンを困らせるくらいなら、つらくとも自分が我慢しようとする性格だ。イアンもそれをよく知っている。
(それに、心配はそれだけじゃない。こんな所でアーチエネミーに襲われたら、まず助からないだろう)
スージーの身を案じつつ、イアンは周囲にも気を配る。
追っ手は「ヨシュアの木」だけとは限らない。バーリンダムから自由に出ることが叶わなかったイアンだが、その理由の一つに挙げられるのがアーチエネミーの存在だ。
(『ヨシュアの木』に敵対する武装組織――アーチエネミー。教団の勢力下では目立った行動を起こさなくても、街から離れた場所となれば安心はできない。いつ、どこから襲撃されてもおかしくはない)
救世主ヨシュアを否定し、偽の救世主バラバを信奉するアーチエネミーの活動は「ヨシュアの木」にとって悩ましいものであった。
彼らは時に武器を持ち出して教団の僧侶を襲撃したり、教団が保有する施設に火を付けたりすることもある。そのため「ヨシュアの木」はアーチエネミーの構成員を取り締まるために目を光らせ、住民からの通報に耳を傾けてきた。
幸いなことに教団本部にほど近いバーリンダムではアーチエネミーの活動は活発ではなく、被害も滅多に無い。
それでも街の外となれば同日の談とはいかない。イアンは、そのことを誰よりも警戒していた。
人類を救うため童貞大天使スザンナによって遣わされ、救世主ヨシュアの魂を宿すと言われるリディーマー。そのリディーマーであるイアンが、アーチエネミーにとって最大の標的になるというのは想像に難くない。
人目につかない小道を歩いている今など、絶好の機会だろう。
(見晴らしはいい場所だ。近付く人影があれば、スージーの手を取って……いや、スージーを抱えてすぐに駆け出す。よし、それで行こう)
仮に「ヨシュアの木」の追っ手に追い付かれたりアーチエネミーの襲撃にあったことを想定して、イアンは繰り返し頭の中で逃げる段取りを確認した。
途中、何か所かに設けられた休憩所で足を休める。そんな時、スージーは決まって安堵の表情を見せる。
口には出さないが、やはり長旅の疲れが出ているのだろう。スージーへの申し訳なさを感じつつも、イアンも決してそれを口にはしない。
言えばスージーはイアンを困らせまいと、もっと頑張ろうとしてしまうからだ。
やがて夜が近づき、ちょうど見つけたベッドと朝食だけの宿に一泊した。
例え宿の中でも油断は出来ない。そうは思っても歩き続けた疲労は二人の身体に想像以上に蓄積しており、すぐにベッドへといざなった。
一つのベッドの中でイアンは自然とスージーを守るように抱き締め、スージーは安心したようにイアンの胸に頬をすり寄せて眠った。
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