2-9

 向かう先は、リザブールへと行き着く鉄道の駅だ。


「運良く列車が来てくれていればいいけど……いや、列車が駅に着いてても乗れるかどうか……」


 バーリンダム中の人間が一斉に避難している、この状況。一度に全員を列車に乗せるのは不可能だろう。


 馬車も数に限りがある。近年に発明された自動車はまだ普及率が低く、「ヨシュアの木」や一部の富豪が保有するのみだ。


 そしてイアンは、そういった状況であれば他の人間を先に逃がすことを優先してしまう。


 しかし今はスージーを連れており、イアン自身も急いでリザブールを目指さなくてはならない身。


 だからこその葛藤がイアンの胸に渦巻いていた。


「……とにかく、駅まで急ごう。考えるのは、それからだ」


 イアンもスージーも、そして他の住民も急いで逃げなくてはならないのは同じ。命の優先度は同じはずだ。


 運に身を任せる思いで、今は駅に辿り着くことだけを考えるしかない。


 駅への近道となる横道に入ったところで、イアンは目を見開いて足を止めた。


「イアン!」


「……ケンか!?」


 駅の方面からやってきた人物がイアンの名を呼んだ。


 相手の顔を確かめれば、それは同じ支部に勤める「ヨシュアの木」の僧侶だと分かった。


 ジェフと同じ真紅のローブをまとった、バプティストのケンだ。年齢はイアンより四歳ほど上であり、日頃から厳しい態度で知られる人物だ。


「どこへ行くつもりだ、イアン? 我々と一緒に来るんだ」


「ケン……ごめん、そこをどいてほしい。僕には、やらなくちゃいけないことが……」


「お前に、そんなことを言う権利は無い。お前はただ『ヨシュアの木』のリディーマーとして自分に与えられた使命を果たせばいいだけだ。さぁ、来るんだ」


 いつも以上に厳しい口調でケンが迫ってくる。


 反射的に委縮してしまうイアンであったが、一方でケンの言葉から確信を得ていた。


(やはり『ヨシュアの木』はバーリンダムを見捨てるつもりだ。僕も一緒に新しい本部へと連れていくつもりか……)


 教団に対する憤りが、イアンの胸に芽生える。


(何も知らずに教団の教えを信じ続けてきた人たちを見殺しにして……それで新たな場所で、全てを忘れて再び教団の手足となって働くなんて……僕には出来ない!)


 あまりに勝手すぎる「ヨシュアの木」の振る舞いに、イアンはもはや従う気持ちを無くしていた。


 間近まで迫ってくるケンを見据える。イアンより体格は大柄であり、腕力では敵いそうにない相手だ。


 それでも何とかしてケンを振り切って、教団に連れ戻されることなく目的を果たさなくてならない。


 イアンはスージーの手を握る力を強めると、不安そうにイアンの顔を見上げる瞳に目配せした。


「さぁ、イアン――」


 イアンに向かってケンが手を伸ばしてくる。


 そちらへ顔を向け直すと同時に、イアンはスージーと繋いでいるのとは反対の手に意識を集中させる。


 イアンが生まれ持った神秘の力。それを初めて、本来の目的とは違うことに行使するために。


「ペインキラー!」


「うわっ!?」


 イアンの手から湧いたペインキラーの水をケンの顔へと浴びせかける。


 相手が痛みを感じていない状態であれば、ペインキラーを行使したとしてもイアンの身に痛みは伝わらない。


 ケンがひるんでいるスキに、イアンはスージーの手を引いてその場を走り去る。


「くっ……待て! イアンッ!」


 後ろからケンの叫び声が聞こえるが、イアンは決して立ち止まることも振り返ることもしない。


 目指すは北の街、リザブール。黒煙に包まれたバーリンダムの空の向こう側に一筋の光を見出しながら、イアンはスージーと共に走り続けた。



◆◆◆◆◆

第二話はここまでです。読んでいただき、ありがとうございます。

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