2-7
支部に着くと、すぐさま司教の部屋へと飛び込む。ノックをしている余裕など無い。
「司教様っ!」
しかし、ドアを開けた先の部屋の中は無人だった。
廊下に出て辺りをうかがう。脇目も振らずに司教の部屋を目指したために気が付かなかったが、人の気配がしない。
イアンがいる周りだけではない。支部全体が静まり返っていた。
「これは……一体?」
支部に隣接する宿舎も見て回るが、どの部屋も無人。完全にもぬけの殻だ。
イアンは自分の部屋へと戻り、ベッド脇の電話に手を掛ける。
受話器を上げれば自動的に
「もしもし……もしもしっ。こちらバーリンダム支部ですっ、誰か返事を……」
受話器の向こうが無言なのは毎日の報告と同じ。しかし今は、明らかに人がいる気配が無い。
受話器を強く耳に押し当てても、わずかな呼吸音さえ聞こえてこない。
まさか、と思うと同時に感付く一つの事実。
(本部は……『ヨシュアの木』は、バーリンダムを見捨てた……)
本部の所在地はバーリンダムから、そう遠くはない。バーリンダムから血の聖水が無くなった時点で「ヨシュアの木」はバーリンダムの街そのものを放棄することを決定したのだろう。
いずれ発生するレトリビューションからバーリンダムを救う手立てが無い以上、次第に規模を増していく黒い渦にバーリンダムが飲み込まれるのは必至。そうなれば距離的に近い本部までもが失われることになると考えて。
(でも、今朝までは確かに支部に人はいたはず……いや、今思えば少しずつ人は少なくなっていた気がする)
街の住民に悟られないよう、少しずつ少しずつ支部からも本部からも人を減らしていったと考えられる。
そしてレトリビューションが発生する確率が最も高い病院を見張っておき、いざレトリビューションが現れれば一斉に逃げ出す準備をしてきたということか。
ここ数日、支部を預かる司教が落ち着かない様子だったのもレトリビューションの報告を待っていたためだろう。
今日、現実に病院でレトリビューションが発生した。血の聖水を持たない人間たちには、もはや逃げることしか出来ない。司教は本部と連絡を取り合って、一目散にバーリンダムから離れていった。
(これが……『ヨシュアの木』の正体か。人々の救済を唱えておきながら……そのための救世主として僕を育てておきながら……)
やり場の無い怒りが込み上げてくる。自分の人生を否定されたかのような虚無感、街を襲う人類の脅威に対して抗う術を持たない絶望感と共に。
既に混乱は街中に広まりつつあるのか。逃げ惑う人々の悲鳴が、宿舎の中にまで聞こえてきた。
それを耳にして、イアンはしっかりと顔を上げる。
「……まだ終わりじゃない。リザブールに行けば、血の聖水は手に入るはずだ」
血の聖水の源泉――アケルダマ。そのアケルダマがある北の街リザブール。
アケルダマから血の聖水を汲むことが出来れば、バーリンダムを危機から救えるはずだとイアンは考える。
(リディーマーの僕には、血の聖水を手に入れる資格は無いのかもしれない……いや、もう教団の教えなんかどうでもいい。レトリビューションに侵食されたバーリンダムを救うためにも、まだレトリビューションが発生する可能性のあるスージーのためにも……僕がリザブールに行かなくては……!)
リザブールに行けば、きっと希望はある。目指すべき場所、果たすべき使命が見えたイアンに迷いは無かった。
教団に言われるまま行ってきたリディーマーとしての活動ではなく、一人の人間として自分の気持ちのままに行動する時が来たのだ。
宿舎を出ると、イアンの足は再びバーリンダムの街を駆けていった。
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