2-4

「えへへー。今日こそはスーがイアンくんにお茶いれてあげるからね~」


 右腕が使えない間はスージーが一人で出来ないことも多く、イアンが手を貸してきた。


 そのことについてイアンに感謝はしているものの、スージーにも少なからずもどかしさはあったようだ。


 スージーなりにイアンの世話を焼いたり、もてなしたりしたいという想いもある。自分がイアンに何かをしてイアンが喜んでくれれば、それがスージーにとっても喜びになると考えていた。


「るん♪ るん♪ エプロンつけてー、お湯をわかしましょー♪」


 イスの背に掛けたままになっていたエプロンを手にして、スージーが奥の部屋へ行こうとする。


 その後ろ姿をイアンが自然と目で追う。そのイアンの目の前で、スージーが手からエプロンを落とした。


「スージー……?」


 スージーは何故か床に落ちたエプロンを拾おうとしない。


 気のせいか、スージーの小さな背が震えているように見える。


 そう思った時、スージーが両膝を折ってその場にうずくまってしまった。


「スージー!? どうしたの!?」


 とっさにイアンがスージーに駆け寄る。


「イ、アン……くん……」


「スージー、大丈夫? どこか痛いの?」


 か細い声で名前を呼ばれ、イアンはスージーの丸くなった背をさすりながら顔を覗き込む。


 スージーの顔色は真っ青で、息をするのも苦しそうな表情だ。


 右手の指を五本とも床に思い切り突き立てるなど、いつものスージーからは考えられない。よほどの苦しみに耐えていることが分かる。


(右腕……まさか……)


 スージーの性格はよく分かっている。イアンに心配をかけさせないため、どこが痛むのか自分からは絶対に言い出さない。


 それでも身体は自然に反応してしまうもの。スージーが苦痛から逃れようと無意識に力を込めている場所にイアンも察しが付いた。


 それは先日、スージーが負傷した右腕だ。


 あの時のケガは完治して今日、包帯も取れたはず。こんなにも苦しむ理由があるとしたら、それは一つしか無い。


 浮かび上がる予想。それを認めたくない恐怖。葛藤しながらもイアンはスージーの右腕に手を伸ばす。


 その時――。


「イ、ヤアアァァァーー!!」


 スージーがノドの奥から叫び声を上げた。


 それと同時にイアンは見た。人類に与えられた神罰――レトリビューションがスージーの右腕から現れるのを。


「スージー!!」


 反射的にイアンも叫ぶ。頭から血の気が引き、その場に倒れそうになるのを感じる。


 ワンピースの袖を通り抜けてスージーの右腕から現れた黒い渦は、まだ小さい。


 それでも、人が背負った罪に対する罰は相当に重い。レトリビューションの渦はスージーの右腕を中心にして、らせん状に流れを作っている。


 その渦がスージーの腕を侵食する度に、スージーは骨の中にいたるまで激しい痛みに襲われていた。


「イヤァ! 痛ッ、アアアァァーーー!!」


 踏み台から落下して右腕を強打した時でも、スージーはイアンに心配をかけまいと声を上げなかった。


 そのスージーが、これほどまでに悲痛な叫びを上げるとは。


 目の前が真っ暗になっていたイアンも、耳をつんざく悲鳴にハッとなる。


「スージー、待ってて! 今、僕が……!」


 スージーを苦しめる憎き黒い渦をにらみつけるイアン。


 血の聖水を持たないイアンが、スージーを苦しみから救い出す方法は一つしか無い。


 イアンが何をしようとしているのかスージーも察した。苦痛にあえぎながらも、心の中で必死にイアンを止めていた。


「ペインキラーよ……レトリビューションの渦ごと、スージーの痛みを僕に移せ!」


 イアンの手からスージーの腕へと注がれる奇跡の水。それが、またたく間にレトリビューションの黒い渦を消していく。


 だが、ペインキラーは血の聖水ではない。スージーを苦しめるレトリビューションはスージーの身体から離れたというだけで、それそのものが消滅した訳ではない。


 覚悟した通り、スージーの右腕から消えた黒い渦はイアンの右腕に発生した。


「……! ぐああああっっっ!!」


「イアンくん!」


 今度はイアンがレトリビューションの激痛にさらされることとなった。


 天井をあおいで、ノドがかれる程に絶叫する。


 そこへスージーが飛びついてきた。

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