2-3

 一週間が過ぎた。


 スージーのケガの治りも順調で、明日には包帯も取れると言われた。


「ありがとうございました、アモット先生」


「なぁに、これがワシの仕事だからな。それにこの一週間、患者が増えている。一人一人に時間を掛けるのが難しくってな、治りが早いのはワシも助かるよ」


 赤ヒゲをなぞりながら話すアモット医師の表情は、苦笑いを浮かべているみたいだった。


 アモット医師が言った通り、ここ数日のバーリンダムの街にはケガ人や病人の姿を見かけることが多い。


 その分、イアンの仕事も増えることになる。毎日の本部への報告も長くなっているのだから、気のせいではない。


 イアンの胸に不安の色が広がっていく。それはケガ人にペインキラーを使うことで、自分がケガの痛みを肩代わりする気苦労のせいではない。


(レトリビューションは、人が身体や心に負った傷に巣食って黒い渦を発生させる。こんなにもケガ人が増えるとなると、レトリビューションが発生する確率も高まってしまう)


 イアンは心に不安を抱いたまま、それを表面に出さないよう努めた。


 少なくとも、包帯が取れると聞いて無邪気に笑っているスージーの前では。


(本部からは血の聖水は送られてこない。他の支部からもだ。それに――)


 スージーをハルフォードに送り届け、この日の活動を切り上げて支部へと戻る。


 宿舎の一室を覗いてみるが、そこは無人であった。


(ジェフもまだ帰ってこない)


 イアンが確認したのはリザブールへと血の聖水を汲みにいったジェフの部屋だ。


 部屋の中は整理されており、ジェフが帰ってきた様子は無い。


 さすがに帰りが遅いのではないか。どうしたのだろうかと支部を預かる司教に尋ねてみるが、あいまいな返事しかもらえない。


 その司教も、どこか態度がおかしい気がする。用も無いのに支部の中を歩き回ったり、電話が掛かれば飛びついて受話器を取ったりと。


 出発前にジェフから聞いた話が本当なのかもしれないとイアンも感じていた。


(司教様はバーリンダムを離れるつもりなのか?)


 それは何のため? 本部の命令なのか、それとも司教の意思なのか。


 イアンは、やはり何も聞かされていなかった。


 バーリンダムにケガ人があふれていく。支部に血の聖水は無い。もし、この状況でレトリビューションが街を襲ったらと考えると、イアンの不安は高まる一方だった。



 翌日、イアンがハルフォードを訪れると、そこには包帯の取れたスージーがいた。


「あっ、イアンくんだー♪」


 自分を出迎えてくれるスージーの笑顔に心が癒され、安らぎを取り戻していくのを感じる。


 スージーが一人でちゃんと暮らしていけるだろうか。ケガした右腕を不便に思っていないだろうか。自分の目の届かないところで危ない目にあってないだろうか。


 そういった不安もスージーの無事な姿を確認することで消し飛んでいく。


 スージーの身を案じている一方で、イアン自身がスージーに逢いたいと思っていた。


 親元から引き離され、救世主としての使命に生きる。その人生において心安らげる唯一の時間は、スージーが隣にいて一緒に笑い合える時だけなのだと。


「スージー、包帯が取れたばかりなんだから無茶しないで」


「だってー、ひさびさにイアンくんとぎゅーって出来るんだもんっ」


 負傷した右腕を気にすることなく力いっぱいイアンの身体に抱きつくスージー。


 その行為をたしなめながらも、イアンもまたスージーの元気な様子に微笑みを浮かべていた。


 柔らかな感触が離れると、イアンの目の前でスージーはくるりと回ってみせる。


 黄色のワンピースの裾がひらりと揺れる。美しい銀色の髪の一本だけ跳ねた箇所も一緒に回る。


 花と戯れる妖精のおとぎ話を体現したスージーの笑顔と所作。いつまでも側で見ていたいとイアンも願う。

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