1-7

 イアンはスージーと手を繋いで、彼女の家まで送り届けた。


 辿り着いた先は石造りの建物。入口脇の壁に付けられた金属製のプレートには、蛇のマークと共に建物の名前が彫られている。


「さぁ、スージー。ハルフォードに着いたよ」


「とうちゃ~く♪ スーのおうちっ」


 プレートに彫られた蛇のマークが示す通り、ここは「ヨシュアの木」が運営する施設だ。


 ハルフォードと名付けられたこの施設は、身寄りの無い子供たちが暮すための家として教団が用意したものだ。


 ただし、今のところハルフォードに住んでいるのは幸か不幸かスージー一人。


 十三、四歳の少女が一人で使うには広すぎる家だ。


 イアンは一年前、ここでスージーと出逢った。それ以来、一人で暮らすスージーのために、度々ハルフォードを訪れてきた。


 ハルフォードの裏手には診療所もある。ちょっとしたケガや体調が優れない時はスージーが自分の足で診療所まで行くことも出来るだろう。


 しかし年齢の割に幼いところがあるスージーのことだけに、イアンも自分の目の届かない時には心配になる。スージーの様子をなるべく見に来ようと決めていた。


 街の見回りの合間を縫ってハルフォードを訪れると、その度にスージーは明るい笑顔で出迎えてくれた。その笑顔を見る度にイアンも胸を撫で下ろしたものだ。


「スージー、ヤカンにお水をくんできて」


「はーい!」


 ハルフォードの中に入ると、スージーに用事を言いつけて奥へと行かせる。


 その間にイアンは、ファイヤーピストンを使って火を起こす。


 小さな筒の中に火種となる物を入れ、勢いよく棒を押し込むことで筒の中の空気を圧縮して火を起こす道具だ。


 非力なスージーはこの方法での火起こしが苦手でマッチを使用している。


 マッチも教団から定期的に補充しているが、数に限りがある。イアンは自分がいる時はなるべくファイヤーピストンで火を起こすようにしていた。


 暖炉に火をつけて部屋を暖めながら、灯油ランプにも点火して部屋の中の灯りをつけていく。


 スージーも水を入れたヤカンを手に、奥から戻ってきた。


 イアンが受け取ったヤカンを暖炉の火の側に置くと、スージーはワンピースの上にエプロンを身に付けた。


「イアンくん、おなか空いてなーい?」


「ん、大丈夫だよ」


「そーお? じゃあ、お茶いれてあげるねっ。座って待ってて」


 イアンが寝起きしている教団の宿舎に帰れば、食事の用意は出来ているだろう。


 スージーとしては「自分の家」であるハルフォードにやってきたイアンを、自分の手でもてなしたいようだ。


 お茶くらいならと、イアンもスージーの厚意を受けることにした。


 テーブルとイスのある部屋にイアンを残すと、スージーは隣の部屋へぱたぱたと駆けていった。


「お茶の葉っぱは、どっこかな~♪ ジャムのツボは、棚の上~♪」


 陽気な歌と一緒にスージーが部屋の中を歩き回る足音が聞こえる。


 イアンがハルフォードにいない時間の方が当然長く、スージーも一人での生活には慣れているはず。大抵のことはこなせると思いながら、やはり心配になったイアンが声をかける。


「スージー、踏み台に上る時は気を付けてね」


「は~い♪ だいじょーぶだよ~」


 壁の向こうから、踏み台を抱えたスージーがひょっこりと顔を見せる。


 奥の部屋の棚は天井近くの壁に備え付けられており、小柄なスージーでは踏み台を使わないと届かない。


 本人は大丈夫だと言うが、壁を隔ててスージーの姿が見えなくなると万が一のことが気になってしまう。


 スージーに言われた通りイスに腰掛けながら、イアンはスージーが早く戻ってくるのを期待した。


 その時――。

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