1-6
ようやく、スージーがいつもの笑顔に戻った。そのことにイアンも安堵する。
透き通った銀色のワンレングスの髪の向こうで、大きな瞳が喜びに満ちていく。その様子が、イアンの心も温かくさせた。
「えへへ。よかったぁ……イアンくんが危ない目にあっちゃったら、スーも悲しいもん」
「そうだね、気を付けるよ」
口ではそう言いながらも、イアンはこれからもリディーマーとしての務めを果たしていくこととなる。
それはイアン自身が一番よく知っていた。
今も街中でレトリビューションが発生したところだ。もしも生きている人間がそれに取り込まれれば、激しい苦痛に苛まれることになっただろう。
そう思ってイアンは今一度、辺りを見渡す。
幸いなことに先ほどのレトリビューションに巻き込まれた人はいない。混乱に陥ったせいでケガをした人もいない様子だ。
その代わりに行き交う人々は皆、一様にイアンに気まずそうな視線を送っていた。
イアンと目が合うと、とたんに視線を外してしまう。そんな仕草に、イアンは住民たちから投げかけられた言葉を思い出す。
『レトリビューションも消せないクセに、何が救世主だ!』
『恩着せがましい偽善者め!』
ジェフが言った通り、それはレトリビューションの恐怖に駆られた人々が思わず口走ってしまったことに過ぎない。
決して本心からイアンをなじったのではない。
騒ぎが収まり冷静さを取り戻した人々は、イアンに対して放った自分たちの発言を後悔していることだろう。
イアンにしても、住民たちが自分をどう思っていようが自分の活動には関係ないと考えている。
(僕は『ヨシュアの木』のリディーマーなのだから……痛みに悩み苦しむ人たちに手を差し伸べるのが使命なんだ)
リディーマーとしての施しをする上で、イアン自身の気持ちや損得を考える必要はない。
ただ「ヨシュアの木」の教えの通りに行動するだけだ。「ヨシュアの木」が唱える救世主としての役割を果たすだけだ。
いつしか、イアンは目を伏せて心の痛みに耐えていた。
それは偽善者と呼ばれた自分の心を慰めるためであろうか。それとも自分のせいで気まずい思いをしている人々を思いやってのことであろうか。
いずれにせよ、イアンの側にいる少女はそれを見過ごせなかった。
「イアンくん、イアンくんっ」
スージーがイアンのローブをくいくいと引っ張ってくる。
どうしたのかとイアンが目を向けると、スージーはワンピースのポケットから輪っかになった長めのヒモを取り出した。
そのヒモをスージーは自分の十本の指に引っかけて、器用に形を作っていく。
ヒモはスージーの手の中でキレイな五芒星を描いた。
「見て見て、お星さま!」
両手をイアンの顔の前に差し出して、自分が作った星を見せてくる。
その様子にイアンは顔をほころばせた。
「……ふふっ、ホントだ」
イアンが笑ったのを確かめると、スージーも「えへへ」と笑顔を見せる。
手の中の星型をいったん崩して、また別の形を作っていく。
今度は左手に五芒星を作り、そこから尾を引くように右手に引っかけたヒモを伸ばして見せる。
「ほらっ、流れ星ー」
「うん。スゴイよ、スージー」
得意になって次々とヒモの形を変えていくスージーに、イアンもその度に笑顔を返す。
イアンが心を痛めているのを見かねて、スージーが何とか笑顔にしようとしてくれる。
スージーの気持ちはイアンにも伝わっていた。
イアンが泣いているスージーの笑顔を見たいと思ったのと同じように、スージーもまたイアンには笑顔でいてもらいたいと考えている。
そのために自分に出来ることは何なのか。スージーなりに考えてくれたのだろう。
だからイアンも笑ったのだ。
イアンを元気づけようとしてくれるスージーのために無理して笑ったのではない。
スージーの純粋さと優しい心根に触れることで、自然と笑みがこぼれたのだ。
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