1-4

「ダメーーッ!」


 突如、背中に感じる柔らかな感触。後ろからイアンの腰へと回された細い腕。


 何より幼さの残るソプラノの声に、イアンは振り返らずとも誰が現れたのか思い当たった。


「ス、スージー!?」


「ダメダメダメなのーっ! イアンくん、行っちゃダメー!」


 顔なじみの少女が自分の背中に引っ付いている。当の本人は必死だが、はっきり言って力は弱い。


 無理矢理にでも引きはがすことは簡単だが、そうするのはイアンには躊躇われた。


「スージー、危ないよ。離れてて」


「ダメなのー! イアンくんのが危ないのーっ!」


 このままではスージーまでレトリビューションに巻き込んでしまう。


 何とかなだめて背中から離そうと試みるが、スージーはイアンの身を案じてか離れようとしない。


 自分を気遣ってくれている少女に対し、乱暴なマネはしたくない。どうしたものかと考えていると、イアンの脇を別の人影が通った。


「下がってろ、イアン!」


「ジェフ!」


 イアンの目に飛び込んできたのは、イアンがまとっているのと同じデザインのローブ。


 背中にあしらわれた蛇の刺繍も同じもの。ただ違うのは、イアンが着ている紫ではなく真紅のローブということだ。


 その真紅のローブをまとった少年――ジェフは、レトリビューションの黒い渦から一メートルほど距離を取ったところで立ち止まった。


「ジェフ! 気を付けて!」


「任せろ! お前は、そこでジッとしていろよ」


 つり上がった目でチラリとイアンを見ると、ジェフはレトリビューションに向き直ってローブの内側へと手を入れる。


 ジェフが取り出したのは赤い筒だ。そのフタを外すと、ジェフは祈りの言葉を口にする。


「血の聖水よ……人が犯した罪を洗い清めたまえ」


 筒を持った手を、前方へと向けて振りかざす。筒の中から赤い液体が飛び散り、レトリビューションへと降りかかる。


 赤い液体が降りかかった箇所の渦が小さくなっていくのが、少し離れたところにいるイアンの目にも確認できた。


 二度、三度とジェフは筒を振っていく。その度に赤い液体は筒から飛び出し、黒い渦を小さくしていく。


「……よしっ」


 黒い渦が倒れる人物の表面を覆う程度になったところで、ジェフは距離を縮めていった。


 ローブの内側から二本目の筒を取り出すと、その中身を倒れている人の頭から足まで注いでいく。


 ジェフが三本目の筒を空にしたところで、レトリビューションの渦は完全に消え去った。

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