第一話 ペインキラー

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 太陽の光も届かないほど、空一面を覆いつくす黒煙。


 産業革命により石炭を用いた蒸気機関が普及して以来、ここ工業都市バーリンダムの日常だ。


 黒髪の少年イアンが、昼でも暗い路地を見回るのも日常だ。


「いたぁぁーーいっ」


 イアンのすぐ近くで幼い泣き声が上がった。


 とっさに声のした方を見ると、小さな女の子が地面に倒れている。


「まぁっ、大丈夫!? どうしましょう……」


「えーーんっ! おかぁーさーーん! いたいー!」


 女の子は母親らしき女性の助けで起き上がるが、その小さなヒザはすりむけて痛々しい傷口を見せていた。


 どうやら母親と一緒に歩いている途中で転んだ様子だ。


 ケガ自体はヒザをすりむいただけみたいだが、女の子は激しく泣いている。母親の方も、必要以上にうろたえて見える。


(僕の出番だ……)


 女の子の様子を確かめると、イアンはすぐに親子のところへと駆け寄った。


 母親は一瞬、驚いた表情でイアンに顔を向ける。イアンがその身にまとった紫色のローブを認めると、とたんにすがるような目を向けてきた。


「あぁっ、リディーマー様!」


 自分を救世主リディーマーと呼んだ母親に小さくうなずくと、イアンは未だ泣き止まない女の子の前でヒザをついた。


 そして女の子のヒザの前に自らの手を差し出す。手のひらを上に向けて、器のような形を作りながら。


「――ペインキラー」


 イアンが口の中で祈りを唱える。意識が手のひらに集中し、周囲の空気を冷やしていく。


 冷やされた空気は水となり、器となったイアンの手のひらを満たしていく。


 イアンは手の中の水を、女の子のヒザの傷へとそっと注ぐ。


「いたいー、いた……あれ?」


 すりむいたヒザの痛みに泣いていた女の子が、ふっと泣き止む。女の子のヒザからは、傷の痛みが消えていた。


「わーっ! すっごい! いたくないー!」


 女の子はイアンの前でピョンピョン跳ねてみせる。


 イアンは飛び跳ねる女の子の頭にそっと手を乗せて、その動きを制する。


「無茶しないで。ケガが治った訳じゃないから」


 その言葉の通り女の子のヒザには、まだ痛々しい傷跡が残っている。


 イアンが女の子に注いだ水の力は、決して傷を治療するものではない。ただ一時的に痛みを消しただけだ。


 それでも痛みに泣いていた娘を救ってくれたことに対し、女の子の母親は深く感謝した。


「あぁ……ありがとうございます、リディーマー様」


「すぐに手当てをしてあげてください。またすぐに痛みは戻りますから」


 女の子が傷の痛みから解放されたのは一時的なもの。ケガ自体も治ってはいない。


 イアンが持つ能力――ペインキラーの効果が切れれば、女の子は再び痛みに襲われることとなる。


(そう……僕が今、感じている痛みが消えると同時に)


 イアンに礼を述べて立ち去る母娘を見送ると、イアンは反対の方向を向いて街の見回りを続けに行く。


 ヒザの痛みに少しだけ足を引きずりながら。

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