ヒール・ザ・ワールド

相川巧

プロローグ

 黒髪の少年は、自分を見つめる少女の瞳を真っ直ぐに見返した。


「イアンくん……」


 少女が少年の名前を呼ぶ。美しい銀色の前髪に透けた瞳が揺れているように見えて、少年の胸もトクンと揺れる。


「スージー……」


 少年もまた少女の名前を口にする。この世で最も大切な人の名前を。


 紫色のローブを肩から掛けた少女は、うっすらと微笑む。少年を安心させようとして。彼の心が、不安に押し潰されそうになっているように思えたから。


 少女の明るい笑顔にも、無邪気に自分を呼ぶ声にも少年はずっと支えられてきた。

今、少女の微笑みがいつもと違って見えるのは少年の心境のせいだろうか。少年を待ち受ける運命の重さを少女も理解しているためか。


 少女の銀色のワンレングスの髪の美しさも、頭の上で一本だけ跳ねた髪の毛がくるりと輪っかを作っているのも、少年を真っ直ぐに見つめる大きな瞳の輝きも見慣れたものだ。


 その中で笑顔だけが、いつもの無邪気さを失っている。つらい気持ちを押し殺して、無理して少年に笑顔を向けている。そんな少女の気持ちが伝わってか、少年の心はまた揺れた。


(僕の願いは、スージーが生き続けること。僕の側で僕を支え続けてくれたスージーが、いつまでも笑顔でいてくれること。そのために、僕は――)


 少年は迷い、苦悩の只中にいた。


 少年が住む世界は神罰の脅威にさらされていた。罪深き人類に与えられた罰。少女の身にも神罰が降りかかり、少年は選択を迫られていた。


 世界を、そして愛する少女を神罰から救う術。それは少年が自らの命を捧げることであった。

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