第31話 いざ敵陣に乗り込め!


 裕星は牧田を車で追うため、少し後から地下の駐車場に降りた。


 自分の車に乗り込んで、今発車したばかりの牧田の車を追いかけようとしたその時、裕星の運転席の窓を叩いた者がいた。


「どうした、美羽!」


「裕くん、私も連れて行って! ここからは私もお手伝いさせて!」そういうなり、急いで助手席に回り込み乗り込んできた。



 裕星は美羽の大胆さに驚いたが、仕方なく頷くと、グッとアクセルを踏み込んで牧田の車を急いで追った。





 牧田の車は、案の定、赤羽の新しい事務所、白鳥芸能事務所の前で停まった。


 裕星は少し離れたところに車を停めライトを消してじっと様子を見ていると、牧田が周りをキョロキョロと窺い、サッと中に入って行くのが見えた。





 裕星はしばらく考えていた。今すぐに自分が乗り込んで行ったら、さっきの言葉はただカマをかけたものだとバレてしまう。


 どうすれば、二人の悪事の証拠を掴めるのか……。もう少し様子を窺うしかない、と思ったその時、美羽が助手席のドアを開けて、事務所へ向かってツカツカ歩いていくではないか。



(美羽、何してる! 戻れ! 危ないぞ!)

 裕星は驚いて小声で叫んだが、美羽は振り向いてニッコリすると、右手の親指を立ててOKサインを見せている。



(そうじゃない! 戻れ!)


 裕星が車から出て追いかけようとすると、事務所のエントランスに若い男が一人ウロウロ見張っているのが見えた。まるで反社的な派手な容貌だった。裕星は顔が知られている。サッと車の陰に隠れて、もう一度美羽を呼んだ。


(美羽っ!)


 小声で呼んだが、美羽には届かず、すでに事務所のエントランスから中に入って行ってしまった後だった。




「こんばんはー! あのお、すみませーん!」


 美羽は、番組の後に着替えた地味な私服だったせいか、誰もさっきまで華やかな生放送に出ていた女性とは気づいていないようだ。



「どういう用件?」

 受付の若い男がジロジロと美羽を頭から足の先まで舐めるように見ている。


「私、この事務所に所属したいなーと思って、四国の田舎から出てきました。山本真子と言います」


 偽名を使うと、ちょっと待って、と若い男は奥へ引っ込んで行った。

 するとすぐ戻ってくるなり、「今、社長は接待中だから、後で来なさい」と顔も見ずにつっけんどんに言う。



「えー、そうなんですか? ──分かりました。 でも、その前にちょっとおトイレ貸してくださいません? ここまで来るのに遠かったので、ずっと我慢してて……」とモジモジして見せた。



 すると、男は「あー、分かった。奥の右手だ。左には絶対行くなよ! 左はダメだからな!」と念を押した。


「はーい!」美羽は無邪気な返事をすると、男が見ている内に一旦奥の右手のドアに入った。

 美羽がトイレに入ったのを見届けると、男はまた外に出て警戒するように辺りを見張りに行った。



 美羽はトイレのドアを開けて顔を出した。キョロキョロして見張りがいないことを確認すると、あれだけ警告された左通路へと向かった。そして突き当たりの大きなドアにそっと耳を当てた。


 中から声はしていたが少し遠かった。──どうしよう、全然聞こえないわ。これじゃ、潜入の意味が無いわね。

 美羽は耳をギュッと押し付けたまま、更に中の様子を窺っていた。



 するとそのとき、さっき受付にいた男がいつの間に戻ってきたのか、「何してるんだ!」と大声で叫んだのだった。



 美羽は慌ててドアから離れると、その場に立ちつくしていた。「す、すみません。私方向音痴で、どっちが出口か分からなくなって……」

 おどおどしながら言うと、男はじっと美羽を見ていたが、あっと思い出したように声を上げた。





「あんた、さっきまで独身貴族で残っていた天音美羽じゃないのか?  俺、覚えてる。どういうことだ?  なんであんたがここに来たんだ?  おかしいな。あんた何しようとしてるんだ?」とジリジリとにじり寄って来る。



 ――どうしよう、どうしよう。もう逃げられない。

 美羽は絶体絶命だった。このままドアを開けられて、もし牧田が出てきてしまったら、今度こそ私だとハッキリばれてしまう。そうしたら、ここに来たのはアンさんからあの事を聞いて知ってることも分かってしまう。



「おい、ちょっとあんた」


 若い男が美羽の肩に手を掛けようとしたとき、「こんばんは~!  すいません、誰かいないのー?」エントランスから大きな声がした。


 チッと舌打ちして、男が美羽をひと睨みしてからエントランスに戻って行くと、ボサボサ髪で顔が覆われ、ヨレヨレのトレンチコートを着た奇妙な格好の大男が立っていた。


 美羽が後からやって来て男の横をすり抜け、急いでエントランスから出て行こうとすると、受付の若い男が気づいて美羽の腕をガッと掴まえた。


 すると、奇妙な男は美羽を捕まえている男の腕を上から掴んでぐいと持ち上げると、「あのお、俺、ちょっと社長に用があるんすけどぉ」と突拍子も無い声を出した。


 美羽は男の手が離れたその隙に急いで外に逃げたのだった。


「おい、ちょっと待て!」男が美羽を追いかけようとしたが、奇妙な男にサッと出口を阻まれて諦めたのだった。


「すいません、何かお忙しいようですね。じゃ、また出直します」


 奇妙な男が出て行こうとすると、「なんなんだ、お前、誰だ!」


 奇妙な男を引き止めた若い男は、訝しげに寄ってくると、ボサボサの髪の下にある奇妙な男の顔を覗きこんで確かめようとした。

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