第29話 公共の電波による告発劇の行方

 アンは振り返り裕星に小さく頷くと、前のカメラをしっかりと見据えてゆっくり話し出した。


「私は過去に酷い待遇を受けていました。10代の時所属していた芸能事務所の社長とマネージャーに騙されて、仕事はなく、レッスン料やブランディング料と言われ、かなりの額のお金を請求されました。


 それが払えないと、消費者金融に借金をさせられ、またそれが払えないと性的な接待を強要されることもありました。


 まるで家畜のような扱いに、あの頃の私たちは自分を見失っていたのです。一緒に出演した鈴木永久、加藤百合菜、堂本かおりも同じ事務所でした。今こそ、あの時の悪魔のような社長とマネージャーを告発いたします!


 ──その社長の名前は……赤羽修あかばねおさむ、マネージャーはそこにいる牧田雅彦まきたまさひこです!」





 しかし観覧客とスタッフたちはガヤガヤとしてはいても、さほど驚くこともなくお互いに顔を見合わせているだけだった。


 アンが不思議に思って辺りをうかがっていると、佐々木がアンの前に来て「あの、すみません、只今、放送に不具合があって、最後のところだけマイクが入っていなかったようです。


 アンさんの壮絶な過去の告白に心が痛みます。他の皆さんも本当に大変な目に遭っていたなんて……。はやくその悪徳事務所の社長が見つかるといいですね」


 そう告げただけで放送の終了を告げたのだった。




「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことですか!」


 アンが佐々木ににじり寄って訊くと、「すみません。実は最後にアンさんが事務所の社長の名前を仰る前にマイクが突然切れたんですよ。

 僕にもよく事情が分からなくて……たぶん、スタッフにも聴こえなかったと思います。一体誰だったんですか、その社長は?」


 佐々木が話している途中で、牧田がやってきた。






「やあ、佐々木君お疲れさん! もう控室に戻っていいですよ。あ、海原さんもお疲れ様でした。


 予想外の展開には驚きましたよ。どうしたんですか? 彼女の方が魅力的でしたか? まあ、いいでしょう。こういう予想外の展開が面白いのが独身貴族だからね。これでお開きにしましょう。

 ただ、最後に、岡本さん、これはいかんですね。これは生放送としてルール違反もいいとこです。放送禁止とさせていただきます。

 そのため、貴女は後日行われる、『独身貴族スペシャルその後の二人』の出演は出来なくなりました。


 つまり、天音美羽さんが繰り上げで王子の恋人となります。もう貴女は今日で資格を失い脱落ということですね。ご苦労様でした」ハハハハと高笑いしている。




 アンは思わず牧田の胸倉に掴みかかっていったが、近くにいたスタッフたちに引きはがされ、そのまま控室へと追いやられてしまったのだった。



 脱落してから控室でモニターを観ていた美羽が、いきなりドアを開けて入って来たアンを見て驚いて立ち上がった。


「アンさん、大丈夫ですか?」


 力なく床に倒れ込んだアンの腕を支えて立たせてあげると、「さっきまでモニターで観ていました。こんなことになるなんて……。

 最後にアンさんが社長の名前を告発する前に、突然音声が聞えなくなったんです。きっと牧田プロデューサーがやったんですね」




「ええ、きっとそう。まさか、こんな展開になるとは……私は牧田を甘く見ていたわ。私が言おうとしてたことを先に察知してたなんて。

 いや、その前からずっと私たちに気付いていたんだわ。岩井さんの協力に気付く前から」アンは涙を流しながら悔しがった。





「アンさん……」

 美羽にはなすすべもなかった。自分には彼女たちの無念を晴らす力などあるわけがないと。


 すると、トントンと控室がノックされて、二人はビクッと身構えた。


 カチャリとドアが開くと、顔を出したのは――裕星だった。



「裕くん!」


 美羽が驚いて叫ぶと、シーと指を立てて、「俺に良い考えがある。実は、鈴木さんと加藤さんのことだけど……」







 裕星は2人を監禁されている場所から助け出し警察に届けさせたことを告げた。


「そうだったんですか? 監禁? やっぱり……。おかしいと思ったのよ、荷物は置いてあるし、あれから何故いっさい連絡が来ないのかって」



「だから、彼女たちの訴えで警察が牧田のことを認知してるとは思う。


 後は証拠だけだ。ただし、あの拉致と監禁は紛れもない事実だから、その罪だけでも必ず負わせられる。


 でも、牧田だけを捕まえたとしても、社長の赤羽が野放しでは意味がない。

 まだ牧田は泳がせておこう。そして、二人の証拠が揃ったところで一網打尽にするんだ」




「でも、どうやって?」


「スペシャルでその後の二人というテーマで俺と美羽が出演するのは明後日だ。それまでに今までの事を一気に証明できるものを探すんだ」



「でも……海原さんや美羽さんにまで私たちのことで迷惑はかけられません。自分達でなんとかしないと」



「俺たちは迷惑じゃないよ。この番組で出会ったのも何かの縁だ。俺としても、不正を黙って見逃す訳にはいかない性分なんでね」


 裕星はポケットからケータイを出して、さっき録った動画を2人に見せた。そこには、どこか田舎の民家の庭で中年女性と牧田が話している姿が映されていた。


「あいつらをちゃんと見張っておけ! 変な噂が立ってるらしいからな。ここに連れてきたのを誰かに見られたり、あいつらに逃げられでもしたら終わりだからな。


 俺の指示だと分かったら、俺だけでなくお前もお前の家族も全て世間に暴露されて終わりだ。

 俺とお前は刑務所行きになるが、お前の家族は一生苦しむことになるだろうからな。くれぐれも気を付けろよ」



 次に、牧田の車が遠ざかる様子を映し、そのまま家の中に入って行った。家の中に入ると、1番奥の部屋のドアが少し開いており、ビデオはそのドアの隙間から中の様子が映されていれた。



 すると、テーブルの向こうに若い2人の女性が椅子に座り、ロープのようなもので体を縛られ、さっきの中年女性が食事をするように説得している様子が映っている。


 その若い2人こそ、鈴木永久と加藤百合奈だった。

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