第28話 ファイナルステージの3人


 これから最後のツーショットデートに入る。その後で、裕星が恋人として選んだ女性を発表するのだ。



 美羽は覚悟を決めていた。ただ、ここまで来てあまりにもやる気を見せないのでは、アンのライバルとして物足りないと見られるだろうと悟っていた。

 ──最後に脱落するのなら、アンさんと競り合うくらい魅力的でないといけない。




 ツーショットデートは局が用意したホテルのバー風のセットで行われた。

 カメラがセットに移動した。高級ホテルの最上階にありそうなそのバーのセットで一人ずつ裕星と話をする。

 そして、その後で選ばれた一人が発表されることになっているのだ。



 裕星は最初にアンを誘ってバーのカウンターに座った。残された美羽はセットのソファーに座り遠目で二人を見守っている。


 カウンターではアンは裕星の側に寄り添って話し始めた。


「裕星、今日まで本当にありがとう。私の今までの人生で、こんなに幸せな時間はなかったわ。でも、これからはもっと幸せになりたい。欲が湧いてきたわ。

 これからは強気でいかないと女性は生きていけないの。 


 ねぇ、分かってる? 裕星は本当に魅力的な男なのよ。だから、ちゃんと好きになった女性の事を捕まえておかないと、沢山の女性が貴方の側に寄って行きたくなる。付き合う女性を不安な気持ちにさせないでね」と微笑んだ。


 裕星は、アンの言葉がアン自身の事を言っているようには聞こえなかった。


 ――そうか、彼女はもしかして俺が本当に選びたいのは美羽だと気づいているんだ。







 アンのアプローチの番が終わった。最後は美羽とのデートの番だ。

 裕星はあえてカウンターではなく、美羽のいるソファに一緒に座った。


 美羽は背筋を伸ばして大きく深呼吸すると、裕星を真っ直ぐに見て言った。


「裕星さん、お疲れ様でした。私たちのために素敵なデートをありがとうございました。

 そして、これから何があっても私は裕星さんを信じていますから大丈夫。裕星さんが選びたい人を選んでくださいね」


 裕星は、自分がアンの方を選ぶことを知っていて尚優しい言葉を掛けてくる美羽が愛おしかった。


 牧田は、裕星は当然美羽を選ぶものだと思っている。それが当初の約束でもあるからだ。

 しかし、裕星がアンたちに協力すると決めた以上、もうその約束はこれから破られるのだ。







 最後に、司会の佐々木がやってきてデートの終了を伝えると、また3人はスタジオの中央のセットに引き返してきた。




 セットは少し組み直されており、最後に選ばれる二人のために、大きなスクリーンをバックにした豪華なソファが置かれていた。


 女性二人が裕星の前に立つと、裕星は局が用意したダイヤモンドの散りばめたティアラを手に取り、2人の前に向き直した。

 これから直接裕星が恋人にしたい人の名前を呼んで頭上にティアラを載せてあげることになっている。


 美羽もアンも俯き加減で、司会の佐々木が合図を送るのを待っていた。


「それでは、今までの一か月間でそれぞれデートを重ねてきて、海原さんの心の中には一人の女性が浮かんでいることと思います。


 さあ、今から海原さんに直接その女性の前に出て頂き、ティアラと素敵な言葉を送ってもらいたいと思います。さあ、どうぞ!」






 佐々木の合図で、裕星は二人を交互に見渡した。そしてティアラを胸の前に抱くと、一旦目を閉じて心を落ち着かせている。


「僕の心に残った女性、これからお付き合いしてもいいと思える女性は……」







 スタジオのスタッフも司会の佐々木も、観覧客とテレビの向こうの視聴者たちも固唾を飲んで見守った。




 牧田はカメラの後ろで、腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべていた。今まで自分にとっての危険因子は全て排除してある。

 残るは岡本アンだけだ。彼女がここで脱落さえすれば、後は無名の彼女たちに公の場への出演依頼など来るはずはない。文字通り、のチャンスはもう無くなるのだ。

 たとえ公的な手段に訴えようにも、証拠がなく空回りに終わるだけだろう。


 牧田はニヤニヤしながら、時折目を閉じて自分の完璧な過去の消去法に酔いしれていた。





 裕星はまっすぐに二人の前に立ち、キラキラと輝きを放つダイヤモンドのティアラを抱えたまま、まだ目を閉じている。


 そして、決心したように顔を上げ、「僕が選んだ人は、岡本アンさん、貴女です!」

 と言うと、サッと前に出てティアラをアンの頭上に掲げたのだった。





 驚いたのは牧田の方だった。


「な、なんだって? ちょ、ちょっと待て!」

 声が出そうになったが、生放送である事を思い出し、慌てて手で口を覆った。


 アンは嬉しそうに裕星と腕を組み、ステージの中央にあるソファに一緒に腰かけた。



「お、おめでとうございます!」

 観覧客の大きな拍手で我に返った司会の佐々木が驚いて声をかけたが、当然美羽が選ばれるものと思っていたため、次の言葉が出て来ずあたふたしている。



「あ、アンさん、おめでとうございます! 海原さんが選んだのは、岡本アンさんの方でした! いやぁ驚きました。あ、いや、驚いたというか、僕の予想とまったく違っていたのでビックリしました。

 でも、海原さんは彼女のどういうところが良かったんですか? 彼女を選んだポイントを教えてください」



 裕星はフッと笑って、「実はどちらの女性を選んでも良かったんです。僕は嘘はつけないので言いますが、彼女を選んだのは、前にも言ったように、今支えてあげたいと思う人だったからです。

 僕はここで恋人を選ぶ事は出来ません。恋人は本当に好きな人であるべきなので。

 だから、岡本さんを選ばせて頂いたのは、彼女の固い意志を尊重したかったからです」



 佐々木は唖然として裕星を見ていたが、「そ、そういうことですか。あの、ちょっと混乱していて意味が分からなかったのですが、つ、つまり、今回はアンさんを選ばれたけれど、それは恋人としてではない、ということなんですね?」



「はい、そういうことになります。皆さんの前で嘘は言えませんから。それに、僕が彼女を選んだことで彼女の人生も変わってしまいます。今日なぜアンさんを選んだのか、それは彼女自身がこの場で選ばれる必要があったからです。

 選ばれた女性には望みが一つ叶えられることになっているんですよね?」と裕星が佐々木に訊くと、


「あ、は、はい。その通りです。アンさんには常識的な金額の範囲内で、一つ願いのものが与えられます。アンさんは何が欲しいですか?」


 佐々木に訊かれて、アンはニッコリ微笑むと、すっくと立ち上がってカメラに向かって話し始めた。



「私は今日この場で海原さんに選んでいただきました。本当に海原さん、ありがとうございます! そして、視聴者の皆さん、最後まで見守ってくれてありがとうございました。


 私の望みはお金や品物ではありません。たった一つだけです。それはを皆さんに知ってもらうこと。

 この場で、全国の皆さんの前で真実を告白したいと思います」


 そう言うと、息を大きく吸い込んで、心を落ちつかせた。

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