第27話 捉えられた姫たち


 裕星は牧田の車が見えなくなるのを待って、民家の玄関をそっと開けた。ドアは鍵がかかっておらずスッと開いてしまった。

 すると、中から声が聞こえてきた。


「今日で最後よ。あなたたちにはこんな目に遭わせてしまってごめんなさいね。でも、仕方なかったの。今日の夜には解放してあげるわ。だから、ちゃんと食べてくれる? 食べないと体が持たないわ」女性の声だ。




 裕星がそっと部屋のドアの隙間から覗くと、若い女性が二人、ロープのような物で椅子に繋がれ、テーブルについていた。

 そのテーブルの上には食事が用意され、その前には中年の女性が座っていた。

 若い女性は、思った通り、鈴木永久と加藤百合奈の2人だった。


 中年の女性はなにやらかいがいしく彼女たちの食事の世話をしているようだが、一体何者なのだろう。


 裕星は見張りの女性が一人しかいないことを確認して、一気にドアを開けた。


「ここで一体何をしてるんだ!」




 中年女性が驚いて振り向くと、そこに裕星が仁王立ちしていた。


「裕星!」

 永久と百合奈が一斉に声を上げた。


「よかった、助けて! 私たち拉致されてるの! たすけて!」



 裕星の姿を見て中年の女性は慌てふためいていたが、逃げる間もないと覚悟したのか、その場に呆然と立っているだけだった。


 裕星は二人を縛っているロープを解いて解放すると、中年女性に改めて訊いた。


「あなたは一体誰ですか? これが犯罪だとわかってやっているのか?」



 すると、女性は突然両手で顔を覆って泣き出してしまった。


「私だって……、私だって、こんなことしたくなかったわよ。でも……でも指示されたことを守らないと、家族にバラすと言われたの」


「バラすって何を?」裕星が訊き返した。


「私が夜の店で客を取って商売してたことを、主人にも子供たちにもバラすと脅されたの」


「どうして、そんなことをあいつが知ってるんだ?」


「あいつは、私が昔タレントをしていた時の事務所のマネージャーだったから。当時の私は借金まみれにされて、返す方法がなくて、結局そういう仕事を紹介されたのよ」と手で顔を覆ったまま泣いている。




「そういうことだったのか……」


 裕星は牧田のやってきたことがどれほど悪どいことか改めて理解した瞬間だった。


「でも、この二人もあなたと同じように牧田に酷い目に遭わされた人達です。それを知っていましたか? 今からすぐに警察に出頭してください。そうでないとあなたの人生はこれからも牧田に踏みにじられるだけだ。


 家族にはちゃんと説明してください。きっと分かってくれると思います。こんなことに加担するよりもずっといい!」



 裕星の説得をじっと聞いていた女性は、分かりましたというとその場に泣き崩れてしまったのだった。


「送ります。家はどこですか?」


 すると女性は首を横に振って「大丈夫です。私一人で帰れます。車で来ていますから」と答えた。







 裕星は永久と百合奈の二人をベンツの後部座席に乗せると、車の窓を開けて女性にもう一度言った。


「もう終わりにしましょう。これからは、あなたと家族のことだけを考えてくださいね」


 女性は深々と頭を下げたまま、裕星たちの車を見送っていたのだった。




 裕星の車は都内の警察署の前に着いた。二人にはそのまま警察に行ってもらうことにして、裕星は美羽とアンが先に入っているはずのスタジオに急いで向かった。



 今スタジオでは最終回の打ち合わせの真っ最中だ。


 裕星は急いで控室に入り、タキシードに着替えると、スタジオに足早に向かって行った。


 牧田は何も知らずにアンたちと打ち合わせをしている。このまま、そ知らぬふりで行くだけだ。


 裕星は美羽と目が合うと、ウィンクして合図をした。美羽は裕星の言いたいことが分かったように、パッと顔色を明るくして笑顔でウィンクを返したのだった。



「それでは、これから最終回の収録に入ります。お客様も入って、生放送ですのでくれぐれも放送禁止用語等には気を付けて下さいね。では後10分で本番です。皆さん、衣装やヘアメイクを整えてお待ちください」

 ADの佐藤が、アンと美羽、そして裕星に声を掛けた。




とうとう本番の時が来た。

 5、4、3、(2、1……)ディレクターが無言で人差し指をMCに向けた。



MCの佐々木がカメラを見据えた。

「それでは始まりました。皆様お待ちかねの『独身貴族』、なんと今夜で最終回です。そして、今日は生放送でお送りいたします。


 初めは独身貴族の王子に5人の恋人候補がおりましたが、今日までの間、どんどん脱落されていき、今日で最後のお二人になりました。


 それでは、最後まで残ったお二人を紹介いたします! 天音美羽あまねみうさん、岡本アンさんです! どうぞ」

観覧客の拍手がスタジオいっぱいに響いている。


 司会の佐々木に紹介されて、二人はドレスアップした華麗な姿で現れた。

 会場からはスタッフと観覧客のおぉー、という声が洩れ聞こえてきた。アンは曲がりなりにも女優だ。今まで以上に磨きあげられた華やかな美しさがあった。


 しかし、アンに見とれていたのもつかの間、美羽が出てくると、一同は息をのんで沈黙してしまった。あの素朴な女子大生が、今夜はまるで天女のように神秘的な上品さをまとった美しさだったからだ。



 裕星は二人を目の前にして、今までの様々な思惑が一気に押し寄せ、鼓動が大きくなっていくのを感じた。しかし、ゆっくり目を閉じて心を落ち着かせると、ふぅーと、小さく深呼吸をしてから二人に声を掛けた。




「今日はお二人のどちらかを僕の恋人として選ばせていただきます。ただ、本当は僕は最初から決めていました。

 でも、その人を選ぶのか、それとも、今選ぶべき人にするのか迷っています。


 お二人にとっては本当に大変な2週間だったと思います。僕は彼女たちに比べたら何も努力をしていないことを反省します。

 今日は悔いの残らないように、ちゃんと選びたいと思います」と二人に向かって頭を下げたのだった。

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