第26話 ムジナの尻尾の出させ方
その頃、岩井はプロデューサー室にいた。牧田が岩井にアンたちのことを問いただしていた。
しかし、岩井は牧田とは目も合わせず口を閉ざしたままだった。
「岩井君、君ね、僕は今まで君の事を信じていたのに裏切られた気分ですよ。このままじゃ、彼女たちよりも君の将来の方が心配になるんじゃないのかね?」
「――裏切られた? ふざけないで! 裏切ったのはあなたの方よ。彼女たちを食い物にして地獄に落としたのは誰? 赤羽とあなたでしょ! 私は何も怖くないわ! 何をされてもね。
この番組は途中では終われない。もし、このまま中断してしまったら、局へのクレームは相当なものでしょうね。
最後までやらないといけないわ。そして、あなたはいつかは裁かれるのよ!」
とうとう岩井は今まで心に収めていた激しい感情を爆発させると、大きな音でドアを閉め部屋から出て行ったのだった。
『独身貴族』の最終回の収録の朝、裕星は早めに打ち合わせの場に現れた。
裕星がアンたちに加担してることをまだ知らない牧田、はニコやかな表情でやって来て裕星を労った。
「いやあ、海原さん、とうとう最終回になりましたね。今日は随分とお早いですね。収録は夜ですよ。
私はまだ別の仕事があって時間が取れないのですが、何かご用でも?
それと、今日の最終回では、もちろん、美羽さんを選ばれるんですよね?
そして、番組は平和に終わる。どうぞ最後までよろしくお願いしますね」とニヤリとしたのだった。
裕星はそれには言葉を返さず、苦笑しながら言った。
「今日、僕が早く来たのは訳がありまして……」
「どうしたのですか?」
裕星は少し間をおいて切り出した。「実は……昨日、ちょっとおかしなことを聞きまして」
「おかしなこととは」
「あ、いえ、聞いた話なので確かかなことかどうかは……」と濁した。
「どうぞ、何でも仰って下さい。僕に分かる事でしたらお答えしますよ」
裕星は牧田がまんまと引っかかってくれたので、口元を緩めてニヤリとしたが、すぐに引き締めて言った。
「前に脱落された鈴木永久さんと加藤百合奈さんのことです」
「ん? 彼女たちがどうかしましたか? 彼女たちはもう帰宅されて、それぞれの生活をされているはずですよ。落ちた後の彼女たちのことまで心配されてるなんて優しいんですね」
「いや、そういうことじゃなく。彼女たちがどうやら誰かに監禁されてるという噂を聞いたもので、ちょっと心配になって。本当に彼女たちは無事帰宅されたんですよね?」
「──監禁? それはただ事じゃありませんね。一体どうしてそんな突拍子もない噂が?」
「噂ですから僕もどうしてかは……。ただ、彼女たちは監禁されていたが、逃げ出して誰かに保護されているという噂です。ちょっとしたギャング映画好きのオタクの妄想ですかね?」と笑って見せた。
「そ、そんな噂が……。海原さんがそんなことまでご心配されてるとは。大丈夫ですよ、彼女らはちゃんと無事に帰宅していますから」
牧田は何度も同じことを言うだけだった。
裕星は、それではまた出直します。と局のエントランスへ向かって出て行こうとすると、後ろから牧田が追いかけて来て裕星に声を掛けた。
「海原さん、さっきの話ですが、それはいつ頃聞いた噂ですか?」
「――ああ、つい昨夜のことですよ。雑誌記者をしている僕の友人からですが、きっとただの噂ですよ。そんな怖いことがあったら大きな事件になりますからね」と笑いながらエントランス前に停めておいた車にさっさと乗り込んで走り出したのだった。
裕星は少し走った先でキュッと止まると、しばらくそこに車を停めたままでライトを消して何かを待っていた。
すると、背後から猛スピードで裕星の車に気付かずに通り越して行った外車があった。牧田の車だった。
裕星は急いで牧田の車の後を追った。すぐ後ろだと気付かれてしまうので、牧田の車との間に何台か挟んで見逃さないように走った。
牧田の車はまっすぐに都内を抜け郊外へと向かって行く。
しばらくすると、田園に囲まれた田舎道に出たのである。
「一体あいつはどこに行くつもりだ? こんな田舎に彼女たちを監禁してたのか?」
裕星は黙々と付かず離れずの距離で追いかけて行く。裕星のベンツはこの辺りでは相当目立っていたが、行き先にだけ集中していた牧田には気づかれることは無かったようだ。
牧田の車がカーブした後見えなくなったため、裕星は慌ててアクセルを踏んでスピードを上げた。
カーブを曲がりきったときにはもう牧田の車は消えていた。
裕星は一瞬牧田を見失ったかと近くを徐行させながら辺りをキョロキョロしていると、畑の向こうの民家の前に牧田の外車が駐車されているのを見つけたのだった。
「いた。あいつ、あんなところに」
裕星は車を途中の空き地に停めると、徒歩で足早に向かって行った。牧田に見つからないように民家の裏に回って様子を窺っていると、牧田が家から外に出て来るなりどこかに電話をしている姿が見えた。
「──ああ、社長、僕です。いや、大丈夫でした。どうやら噂はデマだったようですね。いえいえ、大丈夫です。あの女が彼女たちの世話をしてくれてますが、バレて困るのは自分の方だから、僕たちのことは誰にも言わないでしょう。
そうです。これからまたすぐ戻ります。今日の夜から最終回の収録なので。では……」
そういうと、また車に乗り込み元来た道を走り去って行ったのだった。
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