第25話 無敵の悪魔と非力の天使


 *** 裕星の車の中 ***



 美羽はしばらく無言で車を走らせている裕星の横顔を見つめていた。


 すると、裕星は人気のない路地裏で車を停めると、美羽の方へ向いて深刻そうな表情で言った。


「実は、アンから聞いていた芸能事務所について分かったことがある」


「アンさんたちの昔の事務所のこと? どんなこと?」


「あの事務所の社長はあれから消息を絶って、何食わぬ顔で最近また別名の新しい芸能事務所を立ち上げていたんだ」


「え? でも、それが分かったなら訴えることができるんじゃないの?」


「いや……。昔の記録なんか残している訳がないから難しいだろうな。ただ、今でも訴訟にこそなっていないが、結構タレントの入退所が激しくて、悪徳だという噂はあるようだ」




「じゃあ、アンさんたちがいくら頑張ってもその社長を訴えることができないんじゃ元も子もないじゃない。アンさんたちが危険を冒してやろうとしてることが無駄になるの?」



「――いや、そのことなんだが……別件で訴えることができるかもしれない」


「別件って?」


「永久と百合奈だ。あの二人は自分達で姿を隠してるとアンは言ってたけど、本当にそうなのか? もしそうだとしても、色んな方法で連絡くらい取れるはずだ。たとえアンのケータイが取り上げられていてもな。


 なのに一切の連絡がない。おかしいと思わないか? それに、かおりの事件だ。

 あんな偶然にも、かおりだけが通り魔に襲われたりするかな。他にも被害者がいるならまだしも、今のところかおり1人だけだ。つまり、通り魔は確実にかおりだけを狙ったんだ。


 あの番組の関係者、つまり、プロデューサーの牧田の指示なんじゃないかと思ったんだよ」




「どうしてこんなことを? もしそれが本当で、永久さんと百合奈さんが誘拐されて、かおりさんを怪我させたのが牧田プロデューサーの指示だとしたら、それって、れっきとした犯罪じゃない!」



「そういうことだ。ただし、証拠がない。だから、ちょっとあいつを泳がせて尻尾を掴もうと思ってるんだ」


「どうやって?」


「俺と美羽は、あいつの計画もアンたちのことも全く知らないことになってるし、俺がアンから相談されて全てを知っていることは牧田にも気付かれていない。

 だから、俺が牧田にカマを掛けてみようと思う。永久と百合奈のことでな」




「危なくないの? もし、牧田さんが裕くんを巻き込もうとしたら」


「大丈夫だ。俺はそんなヘマはやらない」


「でも……」美羽は心配そうに眉を潜めて裕星を見つめた。


「大丈夫。俺は無茶はやるつもりはないから。それよりも、このことを美羽に知らせたくて今日は無理やり会ったんだ。

 でないと、これから始まる事に美羽を巻き込んで危険な目に遭わせるかもしれないからな」




「――怖いけど、裕くんを信じるわ」と目を伏せた。



 裕星はうつむいている美羽の頭をポンポンと軽くたたくと、「明日が最終回の生放送だ。美羽のことを脱落させて終わる。だから、余計なことをせずいつも通りやってくれ。


それで番組は終了するが、その後で、アンが今までのことをテレビの前で告白するつもりらしいからな。


 生だからアンが話し始めたら、放送事故にはなるが誰にも止めることはできない。

 アン自身も自分のこれからのことより、今まで被害に遭ったタレントたちのためにやるんだから、決死の覚悟だろうよ」





「――分かりました。でも、裕くんもくれぐれも気を付けてね。背後には怖い人達もいるかもしれないから」と今にも泣きそうな顔で裕星を見つめたのだった。



「よし、それじゃ帰ろう。いつまでもコンビニに行って帰って来ないと怪しまれるからな」


 そういうと、いきなりグイと美羽の腕を引いて自分に引き寄せ、裕星の突然の行動に驚いている美羽の唇にそっとキスをしたのだった。


 美羽は驚いて眼を見開いたままだったが、静かに瞼を閉じ裕星の温かい温もりを感じたのだった。




 裕星は、そっと美羽から離れると、「なかなか逢えないからな。この1ヶ月間はこの仕事のせいでモヤモヤしてたよ。だからちょっとでも逢いたかったんだ」と熱くなった耳の後ろを人差し指でこすって照れ笑いした。






 寮に送り届けてもらった美羽が部屋の戻ろうとすると、アンが背後から慌てて近づいてきた。


「美羽さん、どこに行ってたの? コンビニを探したけどいなかったから」



「ごめんなさい、その後でちょっと用事があって別のところに行ってて……」


「それはいいんだけど、ちょっと事態が急変したのよ!」


「急変って?」


「牧田が私たちのことに気付いたみたいなの。岩井さんっていう昔の事務所で事務をして方が、今あのテレビ局にいるの。彼女は、私たちのことをいつも可愛がってくれたまるで姉のような人なのよ。


 今はあのテレビ局の制作や演出をされてるんだけど、今回のことで相談したら、私たちに共感して恋人候補に選出してくれたの! 


 彼女が私たちの計画に協力してくれたから上手く行ってると思ったのに……牧田に気付かれてしまったのかも」



「ごめんなさい。事情はよくわからないけど……その方の身が危なくなるということ?」



「牧田に気付かれたということは、何をされるかわからないわ。牧田は今じゃ結構力のあるプロデューサーだから、彼の一言で彼女が番組を外されることもあり得る。

 それだけじゃない、今後の仕事だって危うくなるかもしれないわ。

 ――とにかく、何が起きるか分からないけど、明日の最終回では私はみんなの意志を背負ってやり遂げるしかないわ!」


「アンさん……頑張って下さい。何かあったら、裕星さんも味方ですからね!」



「え? 裕星が話したの?」


「ええ……。アンさんたちのことは裕星さんから先に聞いていたんです」


「そうだったのね。裕星は貴女の事をそこまで信頼してるのね」


「はい。そして、最後にはアンさんを選ぶということも。だから、私はただアンさんの計画が成功するように祈っています」



「――ありがとう」アンは美羽の両手を取って頭を下げた。

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