第23話 正義の敏腕記者


 美羽と裕星はこの選出にはまったく関係は無かったが、むしろ無関係の二人を選出することで、岩井も自分達の計画に気付かれず牧田への復讐が遂行できると考えていた。


 牧田は腰を上げ、ゆっくりとプロデューサー室を出ると、岩井のデスクへと向かった。









*** 独身貴族恋人候補者寮 ***



「そんなあ!」美羽が驚いて声を上げた。


 アンはしーっ、とひとさし指を唇に当てた。

「だから、美羽さんにも協力してほしいの。このことは内密にお願いね。


 あの牧田が私たちの昔のマネージャーだったときは、社長の赤羽あかばねの犬のような存在でね、いつも私たちを見張り、嫌な仕事を押し付けてきていたの。


 だけど、5年前に皆一斉に事務所を去ってからは、もうあの時の悪事がなかったことのように、事務所をわざと倒産させ、名前を変えてまた新しいタレントを入れているわ。

 私たちのような犠牲者が出る前に、あいつらを潰したいと思ったのよ」




「で、でも、アンさん、あの時の4人が揃ったら、牧田さんに気づかれるんじゃないですか?」


「あのときはまだ10代だったわ。あれから私たちは大人になり、名前も変え容姿もかなり変わったと思う。


 永久とわなんてまだ17歳だったのよ。私たちの記録なんかも全部消去したでしょうし、あの時の収支記録も全部処分したと思うから、残ってるとしたら、牧田の記憶の中にあるかどうかよ」




「でも、敏腕プロデューサーなんですよね? 記憶力がよくて皆さんの顔を思い出したらどうするんですか?」


「大丈夫、きっと分からないわ。永久とわ百合奈ゆりなはまだ自分たちでどこかに隠れてるだろうし、連絡が取れないのはちょっと心配だけど、最終回になって私が裕星の恋人に選ばれたら、その時全部牧田の悪事を暴露してやるつもりなの」




「だけど、かおりさんは何者かに傷付けられて入院してるんですよ。もしかしたら、その人たちの誰かがかおりさんをこんな目に遭わせたんじゃないかって心配です」



「かおりは特にマネージャーだった牧田からは酷い扱いを受けたの。一番復讐したいのは彼女かもね。

 彼女の体には実は前からあった古傷もあるのよ。

 たぶん、病院の医師なら分かったはずよ。新しい切り傷とは別に」



「古い傷? 何があったんですか?」


「あの牧田が付けた傷よ」


「そんな! どういうことですか?」


「かおりが、酷い接待をさせられそうになって逃げ出そうとしたとき、ガラスの灰皿を投げつけたのよ。


 ただ、その灰皿は壁に当たって直接かおりにはぶつからなかったけど、その破片がかおりの足を直撃した。その時の傷が今も消えないの。だから今も水着にはなれないのよ」



「どうしてその時訴えなかったんですか?」


「私たちは弱い立場なのよ。お金だってたくさん請求されても払えず、消費者金融に借りに行かされたして借金地獄だった。


 それに、かおりの怪我も牧田は直接当ててなかったから、ただの事故で処理されたわ。可哀そうなかおり……」



「そんなぁ……。でも、最後の回で、もしアンさんが選ばれたらまた何かされるんじゃないかと……」



「それは、私だとバレてたらね。今は一日も早く永久や百合奈、かおりたちの無念を晴らすことだけを考えるわ」


「――分かりました。私にできる協力は、裕星さんに選ばれないようにすること、それだけでいいんですか? もっと他に何か……」



「それだけでいいわ。後は私が上手くやるから。美羽さんには私たちの無茶な計画に巻き込んでごめんなさいね。


 もし、本当に裕星の事が好きなら、この番組が終わってからお付き合いするといいわ。

 私が見ていても、あなたたちはとてもお似合いだもの」

 そう言うと、申し訳ないと美羽に頭を下げて力なく微笑んだ。







 その頃、裕星はJPスター事務所に戻って調べ物をしていた。


 社長の浅加が書庫で何やら書類を調べている裕星に声を掛けた。


「おい、裕星、どうした。何を探しているんだ?」




「5年前の芸能事務所に関する資料がないかと思って……新聞とか雑誌でもいいんですけど」


「5年前? そんな資料なんてあったか? ――ああそうだ。俺の知り合いの新聞社の記者なら芸能事務所の事件に昔から詳しかったから訊いてみるか?」


「それは本当ですか? 新聞社ですか」


「ああ、あそこには新聞が何十年分も保管されてるし、雑誌等でめぼしい記事なんかもファイルされてるはずだ。前からあいつは芸能事務所の悪事について取材してきたらしいからな」



「なんていう人ですか?」


川田かわだ記者だ。もう今は現役の記者ではないがな」


「ぜひ連絡を取ってもらえますか? どうしても知りたいことがあると」








 翌日、裕星は日の出新聞社に向かっていた。川田とアポがとれたのだ。


 新聞社のエントランス前にすでに川田はいた。裕星の車を見ると、笑顔で近づいてきた。


「やあ、海原さん、昨夜、浅加社長から事情は聴きました。調べたい芸能事務所があるとか?」


 白髪の混じったどこにでもいそうな初老の男だった。

 この男が昔新聞記者として敏腕を誇っていたのかと疑いそうになるような地味な出で立ちだった。



「はじめまして。すみませんお忙しいのに、こんなことにお付き合い頂いて……」


「いえいえ、僕は昔はずっと悪徳芸能事務所について取材してきたので、沢山資料をもっていますから。お役にたてれば嬉しいです」


 川田に案内されたのは、新聞社の大きな資料室だった。

 そこはまるで図書館のように書棚がずらりとならんでおり、今までの新聞記事や雑誌記事のファイル、書籍類が所狭しと並んでいた。



「ここから見たい記事を探せますよ」


 川田にそう言われたものの、これだけあるファイルから探せるだろうかと戸惑った。裕星は川田に事情を全て話して探してもらう方が得策だと思った。




「あの……川田さんは5年ほど前の芸能事務所について詳しいですか? 実はその頃の小さい事務所が例の問題の事務所でして……赤羽芸能事務所というんですが」


「赤羽……? なるほど、それじゃあ、こっちの年代順の記事に何か書いてないかな?」


「5年前か……2017年、2017年、と」


 すると、「おお、こんなのがあった。赤羽芸能の社長の赤羽が一時期自社のタレントに訴えられていたようだな。


 この記事によれば、タレントに対して過度の金銭を要求しており、このタレントなどは、まだ仕事もないのにレッスン代だけで100万を超えていたようだぞ。

 こりゃあ相当の悪だな。もしかするとよからぬ反社とのつながりもあったかもしれないな」

 川田が資料を抜き出して見せてくれた。

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