第19話 2人だけの逃避行

 カメラは運転席と助手席の中央に設置されており、二人を同時に映せるようになっている。

 また、二人にはハンディマイクが付いており、話すことも随時録音される。


 すぐ背後にはスタッフの車が付いてきていて、これが本当のデートと言えるのかどうかは疑問だったが、美羽にとって、とにかくこの番組を無事に終えることだけを考えていたのだった。




 裕星は黙々と車を走らせていたが、助手席の美羽が緊張して固まっているのを見て、思わずフッと笑った。


「美羽、さん、どうしたんですか? もう少しリラックスしてください。海に着いたら何がしたいですか? 僕はさっきスタッフの方に頼んでサーフィンの用意をしてもらったので、もしよかったら、僕とサーフィンをやってもらえますか? 馴れるまでちょっとだけ大変かもしれませんが」と美羽の方を見た。



「えっ、サーフィンですか? いえいえ、私には無理です、やらなくて大丈夫です! 見てますから! 裕星さんのこと見てるだけでも楽しいですから」

 正直な気持ちがつい洩れて、美羽はハッとして口を抑えた。

 ――いけない、いけない、こういう一言でも裕くんの気を引く言葉ととられかねないものね。






 裕星は美羽を見てまたくすりと笑うと、「でも、せっかくだし一緒にやりませしょう。 新しいことに挑戦するのも面白いですよ」


 その言葉に美羽は運転席の裕星の横顔を不安そうに見ると、裕星はただ正面を向き悪戯っぽく笑っているだけだった。


「無理です! だって私は泳げないんですから」


「大丈夫、浅瀬で小さな波に乗る練習からしよう。一緒に出来たら楽しいと思うよ」




 美羽はしつこく何度もサーフィンに誘う裕星の思惑が分からずにいたが、とうとう決心したようにうなづいたのだった。


 いつもは渋滞になりがちな湘南の道路が今日は運よく空いていたため、予定より早く到着した。


 湘南海岸では、既に他のサーファーたちが優雅に波に乗っているのがちらほら見えた。




 美羽は車の中で裕星に用意してもらったウェットスーツに着替えて恐る恐る砂浜を歩いていくと、裕星が大きなサーフボードを抱えて波打ち際で笑顔で待っているのが見えた。



「裕星さん、私本当にできないですけど、大丈夫ですか?」


 慌てて裕星に駆け寄って訴えると、「大丈夫だ。ここからはピンマイクも外してるから、もう何でも話せるよ。

 海に来たのは、水に入ればマイクが使えないから、カメラが俺たちの姿を遠くから撮るだけで済むんだよ。それを見越してここを選んだんだ。

 さっきは美羽、頑なに断るから焦ったよ! 美羽、もう言いたいことを言っていいぞ!」


 波打ち際でボードを抱えながら、その陰で裕星は美羽にそっと耳打ちをした。





「裕くんって、本当に賢いね! 私はてっきりこれは罰ゲームかと思ったよ。他の方達はステキなところに連れて行ってもらえたのに、私だけ泳げないのに海の中に無理やり入れられるなんてって」






 裕星はアハハハと笑って、美羽の頭をポンと軽くたたいた。


「俺がそんな意地悪だと思うか? いつでも美羽しか見てないのに?」



 その様子を、遠目にカメラがズームアップして映していたが、二人の声は全く捕らえるとこができず、満面の笑みで笑い合っている二人のラブラブな姿を撮影するだけだった。






 裕星は美羽にサーフボードを教えるふりで美羽の体を支えながら訊いた。

「なあ、もしかして、アンたちに何か聞いたのか? さっきからお前、ビクビクして不自然だったぞ」



「う、ん、実は少しだけ聞いたの……。やはりこれから皆さんで考えた計画を実行するので協力してほしいと言われたわ。でも、その協力が……」


 裕星はボードから落ちそうになってぐらぐらしている美羽を抱き上げて、耳元で訊いた。


「どんな協力をしろと言われたんだ?」


「それは……」大きな波が二人にざぶんと掛かって来て、美羽は思わず裕星の胸の中に顔を埋めた。



 裕星は波を避けるように背中で波を受けて美羽を守ったが、二人は頭から波をかぶりずぶ濡れになってしまった。


 裕星は、波が穏やかになったところで、もう一度美羽を抱き上げボードに腹ばいにさせると、ボードを押しながら沖に向かって泳ぎだした。


「裕くん! 怖い!」


「大丈夫、俺が付いてる。沖に行った方が波は穏やかなんだ。それにあいつらには俺たちの声は全く届かないからな」と笑いながら、さらにグイグイと美羽の乗るボードを押しながら沖へと泳いでいる。





「ここまでくれば大丈夫だ。美羽、さっきの話だけど、どんな協力をしろって?」


「……裕くんの恋人に選ばれないでほしいと。

 でも、それはアンさんが裕くんに選ばれたいからじゃなくて、最後に選ばれた恋人には番組から1つ願いが叶えられることになってるそうで、その時に何かするらしいの」




「そうだったのか……」


 裕星は眉を寄せて聞いていたが、「美羽はそれでいいんだな? 俺は牧田さんから、選ぶのは美羽でいいからと聞かされていたけど、実はアンからも自分を選んで欲しいとお願いされていた。


 つまり、俺次第で結果は変えられるということだ。もし、納得してるなら、最後に俺は美羽を脱落させてアンを選ぶけど、それで本当に大丈夫なのか?」





「ん? どういう意味? 私が選ばれないで脱落して、アンさんが最後の恋人になる。それだけだよね? 


 そして、アンさんは復讐したい相手に対して立てていた計画を実行する。


でも、それってまさか人が傷ついたり亡くなったり、そういう怖いことじゃないよね?」

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