第18話 最後のデートの相手は

「思い入れね……本当はこんな風に仕事が出来て、夢だった世界的なモデルの仕事が来たらいいなと思ってたけど……現実は甘くないわよね。この番組にだってコネで出演させて貰えただけだもの」




「コネ、なんですか? でも、私だってそうです。浅加社長が推薦してくださっただけで、番組に貢献できるような華やかさなんてちっともないんですから」



「あら、美羽さんは十分魅力的よ! ライバルの私が言うのもなんだけど、美羽さんってどこか人を惹きつける魅力を持ってる。そう、素直さとか純粋さとか、私たちがとっくに無くしたものを持っていて羨ましいわ」かおりがしみじみと言う。


「そんなことはありません。皆さんの方が素敵です! 華やかで魅力的でセクシーで。でも、この番組ではまるで自分以外を蹴落とすようなことをしなくてはいけなくて辛いなと思うんです」




「蹴落とす、ね。そうね、言ってみたら、芸能界自体がそういうところだからね。まるでこの番組は芸能界の縮図みたいね」と悲しげに笑った。





 美羽は自分が今まで感じていた幸せが、ここにいた他の4人の女性達にとっては簡単なものではなかったことを悲しく思った。

 自分だけが裕星に愛されていることで、他の女性達の気持ちを考えもせずに浮き足立っていたのではないのかと心の中で自責の念にかられていた。


 もちろん、謙虚な美羽はそんな素振りも浮ついた気持ちもなかったのだが、誰かが幸せを感じている向こうでは、不幸な現実に嘆いている人もいるのだと気づいたのだ。


 二人が話していると控室のドアがノックされ、司会者の佐々木が入って来て、今度はかおりがツーショットデートに行った。





 美羽は帰って来たアンに話しかけづらくて黙っていると、アンの方から声を掛けてきた。


「今日はどう? この間、あんなことを言って貴女を脅迫しちゃったから、緊張してるんじゃない?」と笑った。



「脅迫だなんて。私は大丈夫です。でも、今日は一人ずつ裕星さんとお話しするんですよね? どんなお話をされたのかなって……」




「話の内容はカメラの前では建前を、カメラがないところでは本音を話せたわ。それだけよ」とフッと笑った。


 美羽はあの計画のことだろうと思ったが、そのことには触れずに言った。


「私は今日は普通の会話をしてもいいのですか? 裕星さんとは知り合いなので、もしかするとつい話が弾んでしまうかもしれないです」




「もちろん、今日までは貴女の好きなように裕星と絡んでいいのよ。でも、最終日だけはダメ。それは話したわよね。もし、貴女が何か見返りがほしいというなら、個人的に私から貴女にあげるわ。何でも言って!」





「見返りだなんて……そんなこと考えてもいません! ただ、不安なだけです」


 アンはフッと笑って美羽の側に来た。


「今、永久と百合奈とはケータイを没収されていて連絡が取れないけど、彼女たちも私の昔からの知り合いだから、この番組のために私に協力してくれてるの。だから、今は失踪したみたいになってるけど、彼女たちはきっと大丈夫よ。二人一緒にいて、私たちのことを見守っているはずよ」




「よく分かりませんが、お二人が無事なら良かったです! 私もアンさんに協力できるようにしたいです」と美羽が微笑んだ。





 2時間ほどが経った頃、ドアがノックされ、かおりが顔を出した。少し頬が高揚しているようにも見えた。


「かおり、どうだった? 裕星とどんな話をしたの?」


 アンに訊かれて、かおりは益々頬を赤らめ、「実はね、私、今日は裕星に告白したの。初めて会ったときは、ラ・メールブルーの裕星なんてただのスカした男だろうって思ってたんだけど、話してみたらとっても優しくて気遣いがあって、終始私をエスコートしてくれて頼もしかったわ。


 だから、思い切って告白したのよ。『あなたの事が本当に好きになりました。裕星も私を好きになったら嬉しいな』って」




 美羽はドキリとしたが平静を装っていた。


「ねえねえ、それで? 裕星は何て言ったの?」

 アンが身を乗り出して訊くと、「裕星は……特に何も。ただニッコリ笑っていたけど。特別なことは言ってくれなかったな。でも、あの優しさを味わったら、もう他の男なんか見れなくなりそうだった」

 かおりは赤く火照った頬を両手で押さえて嬉しそうに笑っている。







「最後は美羽さんです、どうぞ」司会の佐々木がやって来て美羽に告げた。


 美羽は一瞬胸が締め付けられそうになったが、これからは裕星は別の女性を選ぶように仕向け、自分は彼女たちのために退くことを約束させられてしまうと思うと、プロデューサーの牧田とした最初の打ち合わせをどうやってくつがえしたらいいのかと複雑な気持ちが押し寄せてきたのだ。





 裕星はホールのソファに座っていたが、美羽を見るとスっと立ち上がって微笑んだ。


「裕星さん、こ、こんにちは」


 さっきアンたちと話していたことが頭に過り、美羽が裕星の前で緊張しながら挨拶をすると、裕星は微笑みながら「今からドライブデートで海に行こうと思ってる。他の二人、アンさんはフレンチレストランに、かおりさんとはテラスカフェに行ったんだけど、美羽さんとは海に行きたいと思っています」

 裕星がウィンクをしてわざと丁寧に今までのデートの内容もサラリと美羽に伝えてくれた。




「あ、は、はい。よろしくお願いします」美羽はなるべく目を合わせずに答えた。


 表にあった車は、番組が用意したもので、国産の高級車だった。


 裕星は普段乗っているベンツとは勝手が違っていたが、まるで自分の車のようなスムーズに美羽を助手席に乗せてエンジンを掛けたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る