第16話 悪徳芸能事務所の存在

「いや、もうその事務所はなくなったらしい。今では別の名前で事務所を立ち上げて何食わぬ顔で新しいタレントを入れていると聞いた。


 そういうたぐいの事務所は、元は水商売か何かをっやっていて芸能事務所に転向した奴らが多いらしいな。


 だから、タレントの育成も何もやってないし、付け焼刃の経営だからすぐに悪化する。

 タレントたちは女性が多いから、下手すれば彼女たちのようにスポンサーを取るための性的接待を無理強いさせられることもあるそうだ。


 訴訟に持っていくには相当な金も要るし、訴えられる前にタレントを切り捨てて、名前を変え新しい事務所を作ってるから悪質なんだ。


 そのマネージャーだったやつも当時のタレントに稼がせた金で別の仕事をやってるらしいが、どこにいるかはアンからは聞いていない。


 だから、この番組で今までの社長とマネージャーの悪事を暴露したいと言っていた。ただし、その方法はアン自身に任せてくれと。


 俺はただ番組の主旨に従って、皆の中からいかにも誰かを選ぶ体で本気の演技をしてほしいということを、番組が始まる前に俺に言ってきたんだ」




「それで、私を後回しに他の女の子たちとキスやイチャイチャを?」

 美羽が睨むと、裕星は慌てて


「俺はイチャイチャしたつもりはないぞ! 向こうが勝手に頬にキスしてきただけだ。

 ただ、ツーショットのときにそれぞれ彼女たちから話を聞いたけど、カメラが回っていて直接的なことは言えないけど、それぞれの苦悩の大きさを感じたよ。


 復讐劇に加担してるといっても、俺は何も詳しい計画を知らされてはいないからな。この失踪もある意味、自作自演なのかと思っているが……」





「――そうなんだ。失踪も何か意味があるかもしれないのね。それじゃあ、二人はどこに隠れているの? 家にも帰ってないと言っていたし……」




「もう俺たちはこれ以上は深く首を突っ込まないことにしよう。でないと、彼女たちの計画を台無しにするかもしれないし、きっと彼女たちにはしっかりした計画があるんだろうからな」




「……わかったわ。そうね、私も何も知らなかったふりをしてる。これからまた何が起きるのか怖いけど」


 美羽が目を閉じると、裕星は非常階段の周りに誰もいないのを確認して、美羽を自分の胸にギュッと抱きしめた。


「美羽、大丈夫だよ。俺は誰にも気を取られたりしないし、美羽以外見てない。お前が好きなんだから」とそっとドアの陰で美羽に口づけたのだった。





 不意のキスに、美羽は胸のドキドキ大きくなり、裕星の広く温かい胸が懐かしく感じて思わず自分もギュッと裕星の背中に回した手に力を入れた。


 裕星はもっと美羽を感じていたかったが、そんな時間はなかった。裕星は美羽を見つめて微笑むと、先に非常口からスッと中に入って行ったのだった。



 非常階段に残された美羽は、さっきまで裕星が触れていた唇を指で触れ、そっと目を閉じて幸せを噛みしめていた。

 本当に愛する人は裕星だけ。そして、裕星に心から愛されいることに至極の幸せを感じていた。






 その後、牧田は加藤百合奈からの電話で、百合奈がある場所に居て、無事であることを告げられたが、また永久の時と同じように居場所は伝えられなかったようだ。


 そして、次の収録では加藤百合奈の脱落を視聴者に伝えられることになった。







 翌日は一日収録がない休日だった。

 美羽は朝から寮の部屋を抜け出して久しぶりに近くを散策していた。携帯は取り上げられ、自宅に帰ることも他の友人と接触することも禁じられ、ショッピングや食事に行くことすら禁止されていてはストレスが溜まる一方だった。





 本当はすぐにでも裕星と会って話をしたかったが、それはもちろん抜け駆けとなるため禁止されている。他の恋人候補と同じ寮に住み、その周辺一キロ圏内の散策を許されるのみだった。


 美羽は散歩に行くためにパーカとスウェットパンツに履き替えた。

 つばの大きいキャップを深くかぶり、近くの公園に来ていた。




 しばらくぶらぶらと歩いた後、ベンチに腰かけて、犬を散歩させている人や小さな子供たちの燥ぐ様子を見ていたが、向こうからやってくる女性に気付き、驚いて立ち上がった。


「美羽さん、おはよう! 美羽さんもジョギング?」


「かおりさん、おはようございます! あ、いえ、私はちょっと息抜きに散歩していました」


「あと少しでファイナリストが選ばれるわね。ちょっとドキドキするけど、なんだか期待もしたりして。でも、美羽さんってあんまり裕星にアプローチしてないような気がするけど、それでいいの? もう決まっちゃうんだよ! それとも、それも作戦てこと? 最後に選ばれるのは私だとでもいう自信があるのね?」





「そんな……、違います! 自信なんてないですけど。私、男の人にアプローチしたことが無いので」



「いいわよ、それはそれで。それがあなたらしさなら、きっとそういう子が好きって言う男性もいるから。でも、裕星はどうやらアンみたいな積極的な子が好きみたいだけどね」


 そう言ってニヤリとすると、じゃあ、と手を振って公園の向こうへとジョギングして行ってしまったのだった。

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