第11話 王子の浮気

 その頃、堂本かおりは誰よりも早く寮に着いて着替えを済ませ、さっきの失踪騒動で食べ損ねた夕食をとるため食堂へと向かっていた。途中で加藤百合奈かとうゆりなと鉢合わせして二人で食卓に着いたが、永久とわはともかく、残りの二人、岡本アンと天音美羽あまねみうの姿が見えず、キョロキョロと辺りを見回している。



「ねえ、あの人達、まだ帰ってないのかしら? さっき部屋の前を通ったけど、帰ってる気配がなかったわ」


 かおりが百合奈の方へ顔を寄せて言うと、「変よね。ここって局からすぐの場所なのに。どっかで買い物でもしてるの? でも、それって禁止でしょ? 寮の中には売店もあるし、すべてはここで事足りるようになってるしね」百合奈が口を尖らせて言った。




「もう食事なしでお風呂に行ってるのかな? お腹空いちゃうよね」

 かおりがさっそく夕食のパスタにフォークを刺したちょうどその時、食堂へやってくるもう一人の姿が見えた。





「あ、美羽さん、こっちこっち! 遅かったわね!」かおりが手を振ると、美羽が小走りにやってきた。


「すみません、ちょっとADの方に呼び止められまして……」美羽が困った顔で説明した。

「実は、さっき局を出る時に、ADの佐藤さんに呼ばれて注意をされていました。私があまりにも消極的なので、もう少し前に前に出た方がいいということで……」今回の言い訳は事実だ。





「ああ、そういうことなの? それじゃあ、アンさんも?」百合奈が訊くと、「アンさんですか? いいえ、私よりも先に帰られたと思いますけど」美羽が首をかしげた。



「そうなの? 寄り道禁止だよ! 何してるのかしらね? 彼女も失踪なんてしないでしょうね?」かおりが口を尖らせた。


「――そう、ですよね。永久さんが心配ですし、アンさんにまで何かあったら」美羽は食べることも忘れため息を吐いた。



「待ってないで、もう食べちゃいましょ!」百合奈の言葉でハッと我に返り、美羽はやっと席に着いた。


 しかし、いつまで待ってもアンが食堂に現れることはなかった。


 美羽は隣の部屋のアンがいつ戻って来るのか気が気ではなかったが、疲れも重なったせいか部屋に戻るなりいつしか眠りに落ちたのだった。





 美羽は朝早く目が覚めてしまい、まだ朝食の用意も出来ていない食堂を抜けて寮から外へ出ると、キャップのつばをキュッと下げて目深まぶかかぶりウォーキングを始めた。

 昨日の永久の事件も、裕星に対する不安感も、朝日を浴びて歩いていると少しだけ気持ちが軽くなって来るように思えた。


 するとその時、向こう側からやってきた黒い高級車が、ここからは少し離れた場所で突然停まった。美羽は何気なく見ていたが、車の中から昨夜帰って来なかったアンが降りてきて運転席に笑顔で手を振っているのを見て驚いた。


「あれ、アンさん? 一体誰とどこに行っていたのかしら?」


 美羽は目を凝らして見ていたが、車は裕星の乗っているベンツによく似ている。


 美羽が目を離せずにいると、運転席の窓をスーと開けて顔を見せ、アンに小さく手を振ったのは……まぎれもない美羽の恋人、あの裕星だったのだ。





 美羽は思わず電柱の陰にサッと隠れてしまった。

――裕くんはアンさんと今まで何をしていたの? 昨日からアンさんは一晩中寮に戻ってこなかったのに……。




 すると、アンを下ろした裕星の車が美羽が隠れている電柱近くまで向かって来たかと思うと、目の前でギュンとUターンをして走り去ってしまったのだった。




 美羽は手がブルブル小刻みに震えていた。いくら番組の有力恋人候補とはいえ、裕星は会ったばかりのアンと一晩を過ごすようなことをするのだろうか? 裕星の不可解な行動が信じられなかった。



 アンが寮へ入って行くのを見届けて、美羽も後からエントランスを入った。


 今までウォーキングをしてきたかのように汗を拭って部屋に戻ろうとすると、隣りの部屋のドアが開いてアンに呼び止められたのだった。




「美羽さん? 朝のジョギング?」


「え? いえ、ちょっとお散歩をしていました」


「そうなの? あ、私、今戻ってきたんだけど、他の人には言わないでくれる? 昨日から部屋で寝ていたって言ってほしいの」



「……は、はい。わかりました」美羽がアンの顔を見ずに言うと、「ねえ、さっき私が裕星の車で送ってもらったの、見てた?」とニヤリとした。




「い、いいえ、私は何も見てませ……」美羽が首を振ると、「いいのよ、別にあなたになら知られても」




「抜け駆けしたわけじゃないのよ。ちょっと話があるって言われてずっと車の中で話していたの。

 あ、でも外で王子と会うのは規則違反だから秘密にしてほしいわ」



「そう、だったんですか。私は誰にも言いませんから大丈夫です」


 美羽は目を伏せて、アンを見ることなく部屋の中に入って行ったのだった。



 ベッドの上に突っ伏して、はぁー、とため息を吐いた。

 ――裕星さんはアンさんと何を話すことがあったの? 裕星さんはいつも私のことを守ってくれて、好きだと言ってくれていたのに、番組が始まってからはまるで別人のよう。モデルさんや綺麗な方達に囲まれて、もう私の事は嫌になったのかしら?




 美羽は次々に襲ってくる悪い妄想をブルルと頭を振って消そうとした。


 裕星に限ってそんなことはしない。それが今までの自分達の絆で十分すぎるほど分かっていることだったのに。





 番組の収録集合時間15分前になると、皆すでにドレスアップした格好で控室で待機していた。

 少し皆に後れをとって入って来た美羽も慌てて用意してあったドレスに着替えた。




 ――もう辞めたい。こんなことしたくない。また裕くんを巡って他の女の子たちとアプローチ合戦をしないといけないなんて……私には本当に無理よ。





 控室がノックされ、ADの佐藤が入って来た。

「皆さん、用意はいいですか? 今日はCスタジオに向かってください」

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