第10話 逃げ出したわがまま姫

「裕くん、永久とわさんがいないんですか?」


 美羽が訊くと、裕星は「休憩所とはいってもトイレしかないところだろ? そんなとこで行方不明になるなんて可笑しな話だな。それとも自分から逃げ出したかだ」




「どうして? だって、永久さんは自分からこの番組に応募したんだよね?」


「ああ、でもこんな山の中での収録で嫌になったんじゃないのか? ヒッチハイクでもして帰ったんじゃないか?」裕星は淡々と持論を繰り広げている。




 すると、ディレクターの大野が「皆さん、このままですと番組を中断せざるを得なくなります。

 今は永久さんの無事を確認するのが先決ですので、一旦収録は取りやめといたします。



 都内に戻る方はロケ車に乗ってください。海原さんもどうぞ今日はお帰り下さい。僕達で警察を待ちますから」


 そう言われたものの、裕星はすぐには返答できなかった。

 同じ出演者として無責任にさっさとこの場を去ることが出来るわけはなかった。



 美羽も「私も心配なので残っていていいですか?」と牧田に訊いた。


 牧田はまだ頭の中が混乱しているのか、美羽の問いには答えずにため息をつきながらスタッフの動きを気にしているようだった。


 他の女性達は牧田に言われた通り、すぐにロケバスに乗りこんでいったが、アンが美羽の側にきて、「美羽さん、私も心配だから残ってるわ。彼女まだ学生でしょ? 何かあったりしたら……」





 二人は牧田の側でスタッフの動きを見守っていたが、ディレクターが携帯で何やら話しながら牧田のところにやってきた。


「はい、はい、ああそうですか。わかりました。そう伝えます。でも、今から牧田さんにそれを……」


「なんだ? 誰からだ?」牧田は大野が電話を切るのを待って訊いた。



「牧田さん、実はさっきの電話、鈴木永久すずきとわ本人からなんです。



「どうやら勝手に帰ったみたいですね。ただ、ついさっき家に電話をしたときには、家族の方からはまだ帰ってないと聞きましたし、永久には一体どこにいるのか聞いても答えないんです。まだ話せないが、警察に届ける必要はない、というだけで」




「誘拐されてそう言わされてるんじゃないのか?」


「いえ、そんな感じではなかったです。さっき牧田さんに代わると言ったら切られてしまって」


「一体どうしたんだろう? 急になにがあったんだ」


「嫌になったんじゃないですか? こんなところに来て料理を作らされるのが」


 スタッフは永久のわがままでボイコットしたのだろうと考えているようだった。




「そうかな……。それにしては大袈裟じゃないか? まあいい。俺が直接彼女に連絡を取ってみる。



 ――ああ、皆さん、お聞きの通りですので、どうぞ安心してお乗りください。今日は本当に申し訳ありませんでした。3日後の収録の時に詳しくお伝えします。



 僕達はロケの後始末をしてから帰りますので、皆さんはどうぞもうお帰りの支度をされてください」と牧田が出演者たちに頭を下げた。







 バスが山道を走る間、皆終始無言だった。突然の永久の失踪に誰もが不安の色を隠せなかった。


 同乗していたADの佐藤が重い空気を破るように明るく声を掛けた。


「えー、皆さん、さっきは大変驚きましたが、永久さんがご無事だと分かったので、これから番組はこのまま永久さん抜きで進んでいくことが決まりました。

 第一番目の脱落者ということで、番組で上手く編集させて頂きます。


 牧田プロデューサーからの伝言で、次の収録はスタジオになります。スタジオ収録では、ナイトパーティがありますので、事前に選んでいただいたドレスを着用して控え室に待機していてくださいますようお願いします」


 明るい声で淡々と仕事の説明をするADの伝達が終わると、また静寂が戻ってしまったのだった。




 美羽はチラチラ一番後ろの席に座っている裕星を振り返って見てみたが、裕星は腕組みをしたまま目を閉じて寝ているようにも見えた。


 ――裕くん、どうしてこの番組が始まった途端、よそよそしくなっちゃったのかしら? せめて少しくらい何か話してくれてもいいのに。





 美羽がじっと考えていると、隣の席のアンが美羽に話しかけてきた。


「美羽さん、大変な回に出演されたわね。永久にいったい何があったのかしらね。でも、今度何かあったら、プロデューサーはどうするつもりかしらね? しらんふりして続けるつもりかしら?」




「――そうですね。でも、このまま続けていいんでしょうか?」


「良くも悪くも、あれだけ大々的に番宣入れてたんだから、途中で止められないわね。それに、永久も誘拐とか拉致じゃなかったんだから、自分で勝手にいなくなっただけで大騒ぎして番組を中止したら、視聴者からクレームが来るわ」


 美羽はアンの話をボンヤリと聞きながら、明日の収録の憂鬱な自分の姿を想像していたのだった。







 ロケバスが都内に到着すると、皆それぞれ徒歩で番組の用意した寮へと向かっていった。

 二週間だけの合宿生活のため、それぞれ部屋が用意されており、食堂や共同浴場完備の快適な場所ではあったが、その寮ですら素の彼女らを撮るためのカメラが入ることもあるのだ。




 裕星は局の駐車場に停めておいた愛車に乗り込んで自宅マンションへと走らせていたが、ふと目を向けた真っ暗な歩道で、帰りのビジネスマンたちの間を抜けて足早に歩いている1人の女性の姿が見つけ、スーッと車を路肩に停め窓を開けて声を掛けた。



「送ってくよ。乗らないか?」

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