第9話 最初の失踪美女
「何を作る気なの?」
かおりが美羽の鍋を覗きこむと、「あ、私はキャンプをしたことないのですが、簡単に定番のカレーを作っちゃおうかなと思ったんです。それならたくさんいるスタッフさんも召し上がられるかなって」
美羽が煮あがった野菜の鍋にルーを入れてお玉でかき混ぜながら言った。
「ああ、カレーね! いいわね、それなら簡単に作れそうね! どうしよう。私、まだ何も考えが付かないわ」
かおりはまた自分の調理台に戻ると、切った野菜をじっと見つめている。
すると、
裕星は突然傍に来て腕に絡みつく
「あのね、私、この収録がなくても、元々裕星のファンだったの。だから、出演出来ることが決まってから、もう嬉しくて嬉しくて……。裕星はもし私が前にたくさんの男性と付き合ってたって言ったら引くかな?」と上目使いにいきなり爆弾発言をしてくる。
「君はその若さでそんなにたくさんの男とつきあったって? でも、それは本当に一緒に居たいと思う人がいなかったからでしょ? 俺は好きになる人が前に誰と付き合ったかなんて気にしないけど、唯一気にすると言ったら、どんな付き合いでも自分自身を大切にしてきたかということかもしれないな」と優しく微笑んだ。
永久は裕星に微笑まれてはにかんだ笑顔で肩をすくめたが、「やっぱり裕星は素敵な人ね。女の過去なんて気にしないなんて太っ腹! でもさ、私はまだ22歳だけど、自分を大切にしてきたかって訊かれたら、うんって言えないかもしれない。
でも出逢えるもんだよね、私の事を大切にしてくれる人に。
それに、結婚を考えるのはまだ先の事だと思う。裕星は結婚するならどんな
「――料理ね。料理は得意に越したことはないと思うけど、皆若いときは忙しくてなかなか自炊とかやらないだろ? だから、結婚相手に料理の上手さを求めるよりも、一緒に料理を楽しめる明るい人を求めるかな」
「――そう? よかった! 私、あんまり料理が出来ないから安心したわ! 裕星にならきっと私の気持ち分かってもらえるよね? どんなときも私を見捨てないって約束してくれる?」
「見捨てない約束って? 人を見捨てるなんてことはしないけど、ただ、最後に俺が選んだ人の事を納得してくれるなら、見捨てたという意味とは違って縁が無かったということはありうるよ」
永久は納得したように笑顔で裕星に頷くと、司会者の佐々木雄介に向かって、
「ちょっと私お手洗いに行ってくる。この後の収録を待っててね!」と食材をそのままにキャンプ場から出て行ったのだった。
スタッフが慌てて追いかけたが、もうすでに永久の姿はなかった。キャンプ場と言っても自然の渓谷だ。トイレはさっき来た道を少し戻った山道の途中の休憩所にしかない。
スタッフの一人がやれやれという感じで、永久の後を追って休憩所へと上って行くのが見えた。
永久が帰ってくるまで一旦収録は中断とされた。
裕星は女性達には近寄ることなく遠目で彼女らが料理をする様子を見ていたが、カメラが回ってないのを確認すると、美羽の隣にスッと寄って、誰にも気付かれないように「うまそうだな。俺はカレーが一番好きなんだ」と声を掛けた。
美羽は思わず笑顔になって裕星を見上げたが、裕星はまた目を合わせることなく周りの料理を見ているだけだった。
さっきは文句ばかり言っていたかおりも、なんとか肉を串刺しにしてバーベキューらしい料理を作れていた。
百合奈はお嬢様らしく、トマトを切っただけのレタスでサラダを作ると、早々とテーブルに着いて待っていた。
アンは料理が得意と見えて、バーベキューではおよそ見たこともないようなアルミ箔の包み焼きにして味付けた肉と野菜を皿に盛りテーブルの上に置いた。
美羽はみんなの分のカレーを皿によそうと、丁寧に一人ずつの席に並べ、スプーンと水を用意している。
後は
永久を追いかけて行ったはずのスタッフがキョロキョロしながらキャンプ場に戻ってきて、何やら慌てた様子でプロデューサーと話しているのが見えた。
スタッフの話を聞いていたプロデューサーが指示を出して別の女性スタッフにまた休憩所に向かわせたのだった。
「何かあったんですか?」
裕星がウロウロしているプロデューサーの牧田の傍に行くと、「あ、海原さん。実は、
もう30分も経つのにどうしたのか。追いかけたスタッフが男子トイレの方も捜したようですが、みつからなくて……」
「……どうしたんでしょう。心配ですね」
すると、アンもやって来た。「一体何が起きたんですか? まさか永久が遭難して行方不明とか?」
「いやいや、まだそうかどうか分かりません。もう少し探しても見つからなければ、警察に届けようと思っていますが……」と牧田がポケットの携帯を取り出しながら言った。
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