第6話 始まった女神たちの戦い

 今度は鈴木永久が呼ばれた。


「私はまだ大学生なんですが、裕星さんのことはよく知っていて理想のタイプなので、もし私を選んでくれたらすぐにでも付き合いたいなーと思っています。あ、もしも、ですけど。

 友達も裕星さんのファンなので自慢しちゃいます」




 4人目は加藤百合奈。しずしずと前に出てゆっくりと顔を上げた。


「海原さん、こんにちは、はじめまして。私は百合奈ゆりなと言います。得意なものはお料理、不得意は運動です。どうぞよろしくお願いします」

 4人の中で一番淑やかで、社長令嬢だけあって上品さがあった。





 最後は美羽だったが、ずっと下を向いていて気付かない様子だったため、司会者が声を掛けた。

「あ、天音さんの番ですよ」


 ハッとして美羽が顔を上げると、裕星は美羽と目を合わせないように伏し目がちにしている。


 ――これも演技、ということよね? 私たちは知らないふりをしないと、ということ?


 美羽がゆっくり裕星の前に行ったが、裕星は目を合わせずまだ下を見ている。

 仕方なく美羽はキュッと唇を噛んで話し始めた。「あの……あ、天音美羽あまねみうです。緊張していて言葉が見つかりません。よ、よろしくお願いします」

 そう言って1歩下がろうとしたが、司会者が気を遣って声を掛けた。




「あーえーっと、天音さんはカトリックの大学生で、孤児院でボランティアもなさっているんですよね? とても素敵ですね。今日はどうぞ緊張がほぐれるように皆さんで楽しんでくださいね」


 フォローを入れてくれたが、美羽はまだ胸がモヤモヤしたままだった。







 司会者からフリータイムと言われると、女性達がまるで砂糖に群がるアリのように裕星の周りに集まってきた。


 美羽はその中に入れずに遠目で裕星を見ていると、裕星はまるで今朝、美羽に言ったこととは裏腹に、どう見ても女性達との会話を楽しんでいるようだった。


 かおりの持ってきたグラスのワインを受け取って美味しそうに飲み干したり、永久とわに褒められ本気で照れているようにも見えた。


 すると、アンが裕星の腕を取って、向かい側にあるソファに座らせると、「二人でお話しませんか?」と訊いた。



 ソファは美羽から見て真正面にあった。美羽は黙って立ちつくしたまま、その様子を見ていたが、裕星は一度も美羽の方を見ることはなかった。



 ――ダメ、こんなの耐えられない。これがこの番組の主旨だったのね? いくら昨日裕くんが私にお芝居をするように言ってくれていても、こんなに女の子たちに囲まれた裕くんなんて見たくない。


 それに、皆に嫌われるように仏頂面でいるって言ってたくせに、なによ、本番は全然そんな顔してない。むしろ楽しんでいるように見えるわ。





 どんどん暗い顔になる美羽心配した司会者がまたそっと声を掛けた。


「天音さん、こういう番組は慣れませんよね? 自分から男性にアピールするなんてしたこと無いと思いますが……」


 美羽は「そんなこと、したことありません!」と下向きかげんにブルブルと頭を横に振った。





 すると司会者がまた美羽の耳元でそっと言った。「でも、大丈夫ですよ。最終的に選ばれるのは貴女なんですから」とニコリとしたのだった。


 え? と振り向くと、また耳元で「打ち合わせで海原さんから条件を提示されたのです。最終的に天音さんを選ぶことを条件に、この仕事を受けると」


 そう言って頭を下げると、呆然としている美羽の元から離れていったのだった。




 長かった収録の一日目が終わった。美羽は着替えながら、ハァーとため息を吐いた。

 すると後ろから突然かおりが声を掛けてきた。


「天音さん、今日は全然裕星と話してないじゃない? このままだと裕星に印象悪くなっちゃうわよ。それとも、そういう作戦?」


「作戦だなんて、そんな……。ただ勇気がなくて話しかけられないだけです」


「そっか。仕方ないか、まだ大学生だもんね。男に免疫ないよね」


 納得したのか、美羽はライバルではないと思ったのか、安心したように笑顔で離れて行った。



 皆が帰り支度を整えて控室を出る頃、牧田がやって来た。「今日はお疲れさまでした。次の収録は3日後です。よろしくお願いします。あの、天音さんだけ残っていただけますか? 今日の事でちょっと……」


 女性達は顔を見合わせてザワザワとしたが、今日の美羽は裕星に全くアプローチしていなかったことで叱責を受けるのだろうと思っているようだった。






 美羽が控室で待っていると、牧田が入って来た。


「すみません、お待たせいたしました。今日はいかがでしたか? こんな感じでこれからも進みますが、大丈夫ですかね?」

 優しく声を掛けてはいたが、表情は硬かった。




「あの、すみません、私、やっぱり番組の主旨をよく理解せずにお受けしたみたいです。

 裕星さん、あ、海原さんに対して、私も何かアプローチをしないといけないのでしょうか? でも、私にはそんなことできないです。どうしていいか……」




「実は、天音さんの枠は浅加社長からどうしてもということで決まったのですよ。ですから、天音さんにはもう主旨が伝わっているものと思ってしまって。それに海原さんも承知しております」


「……」




「海原さんもこういう番組出演は始め嫌がっておられましたが、お知り合いの天音さんを共演させることでなんとか納得していただけたんです。そして、海原さんからの条件でもある、最終的には天音さんを選ばれるという私共の方向性が一致しましたので……」

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