第5話 独身貴族 運命の収録日

 ――私はどうすればいいかしら? 今日は裕くんと収録で会えると思うけど、昨日の夜の電話では、裕くんの出方をよく見て動けというだけだったわ。それって、どういう意味なの? 

 そういえば、他の女性達が選ばれるとかなんとか言っていたのを思い出したわ。




 ――裕くんがあの女性達の中から誰かを選ばないといけないということ?


「そんなあ!」美羽は思わず声が出た。





 プロデューサーの牧田がテレビ局のスタジオの入り口で入るのを躊躇ためらっている美羽を見つけて手招きした。


「天音さん、こっちです! 今日はよろしくお願いします! いやあ、ただ普通に皆さんと過ごして頂ければいいんですから。後は男性の方からアプローチをされれば、その時その時で上手く応じてください」


 そう言いながら、美羽の背中を押して女性控室へと連れて行った。



 しかし、控室には美羽以外誰もいなかった。


 ――あれ? 早すぎたのかしら? でも、10時からって言われたのに、もう10時10分よ。


 時計を見ながら呟いた。








 その頃、裕星の控室では牧田が今日の収録についてひと通り説明をして出て行ったところだった。


 すると、突然、裕星の控室のドアがノックされた。


 誰だろう、プロデューサーとはさっき話したばかりなのにといぶかしげな顔でドアを開けると、そこに立っていたのは、恋人候補の一人である岡本アンだった。




 裕星が部屋の中に入れないのに業を煮やして、アンはグイと裕星の胸を押して強引に入って来た。アンは裕星に向き合うと、いきなり話し始めた。








 30分ほど経つと、アシスタントからそれぞれの控室に収録の開始の連絡があった。


 あれからだいぶ遅れて控え室にぞろぞろやってきた女性達は、美羽を一瞥しただけで、特に挨拶もなくさっさと化粧を整えドレスに着替えた。


 美羽も用意されたドレスに着替えながら、不安と緊張で胸が飛び出しそうになるのを堪えていた。


 女性達の後に続いてスタジオに入ると、そこはまるでどこかの別荘のようなセットになっており、螺旋階段らせんかいだんの下で皆一列に並んで待機していた。



 すると牧田がカメラが回る前の最終確認を始めた。


「皆さん、どうぞ緊張をほぐして待っていてくださいね。あの螺旋階段から、皆さんの王子さまである海原裕星かいばらゆうせいさんが降りてきます。


 皆さんの前に降り立ちましたら、一人ずつ名前を呼びますから、彼に自己紹介をお願いします。

 そして、自分のアピールポイントも忘れずに伝えてくださいね。

 それでは、収録を始めます! 5、4、3、2……」

 牧田が無言で人差し指を振ると、音楽が流れた。




 するとタキシードを着た司会者が出てきて番組情報の挨拶が始まった。


「ようこそ、独身貴族へ! 皆さま、緊張されていますか? 今日の独身貴族は特別編です。私は司会者の佐々木雄介ささきゆうすけです。


 視聴者の皆様、そして番組スタッフとの厳選な審査の結果、今までで一番パーフェクトな男性をお招きしております!


 彼はスタイルは抜群、アーティストとしても一流の才能を持ち、甘いマスクなのにクールな性格という、女性にとって理想の王子さまでもあります。

 さて、これからお呼びいたしますのは──


 ラ・メールブルーのヴォーカル兼ギター、海原裕星かいばらゆうせいさん、どうぞこちらへ!」




 すると、照明が螺旋階段らせんかいだんに当たり、一段ずつゆっくり降りてくる白いタキシードの男性の足元から上半身に向かって映されていく。一段一段、その降りてくるスマートな足取りだけでもすでに絵になっている。


 手には1輪の白いカラー(*オランダ海芋属)の花を持っている。最後の一段を降りて真正面に向かうと、カメラが全身を抜いた。

 すると、スタジオからも一斉におおーというスタッフの声が漏れてきた。


 裕星は白いタキシードに身を包み、まるどどこかの国の王子でもあるかのような気品に満ちたその出で立ちは、同性から見ても惚れ惚れするほどだった。



 美羽はびくりとした。いつもの裕星とは雰囲気が全く違っていたからだ。


 ――裕くん、今朝まであんなに嫌がっていたくせに、いったいどうしたの? それともこれはもう演技ってこと?





 司会者の佐々木が岡本アンに声をかけると、アンは裕星の前に出て行き、「最初から裕星ゆうせいって呼んでもいいですか?」と笑顔を向けた。




「ええ、どうぞ」と裕星が答えたのを見て続けた。「裕星のことはテレビでよく拝見しています。とても素敵で私の理想の男性だと思っていました。今日は初めてなので、本心を見せるのはまだだと思いますが、私が選ばれるように頑張りますので、どうぞよろしく」そう言うと、あのクールな裕星がアンにニッコリと微笑んだのだった。





 ――え? 裕くんが他の女性ひとにあんな笑顔を見せるなんて。どうしたの? なんだか胸がもやもやして来ちゃう……。


 美羽は自分の胸を両手で抑えて下を向いた。






 次に呼ばれたのは、堂本かおり。かおりは裕星の前でニッコリと微笑むと、


「私は昔からラ・メールブルーのファンです! コンサートも行ったし、いつもCDやアルバムも全種類買わせてもらってます!


 これからは私が一番近くで、裕星の事を見られるのかと思うと興奮しちゃいます! どうぞよろしく」





 美羽はますます下を向いて、ギュッと目を閉じている。


 ――こんな番組だったのね? どうしよう、私にはもう無理……。

 裕くんの言うことを聞かなかったからだわ。もう遅いわね。

 たとえ裕くんが私を最後には選んでくれたとしても、それまでの間は均等に他の女の子たちとお付き合いをしないといけない。私の気持ちの方が最後までもたなくなってくるかもしれない。

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