第4話 囚われのイケメン

 裕星が名刺を受け取ると、「まず始めに簡単に番組の趣旨を説明させて頂きます。電話でもお伝えした通り、そんなに深刻にならなくて構いません。単なるバラエティ番組ですから。


 それに、あの5人の中で誰か選べないとおっしゃるのでしたら、答えは簡単です。

 お知り合いだという天音美羽あまねみうさんを選んでいただいたら如何でしょうか?


 それなら、二人で前々に打ち合わせをして、お互いそれなりの演技をしていただければ結構です。これが私の提案ですよ。これなら海原さんもご納得いただけるかと。


 他の女性達は、それぞれの事務所から推されて選ばれた4人でして、特に番組として一般応募で募ったわけではありません。


 まあ、実はその方がどこの素人さんか分からない女性を出演させるよりも安心なのです」


牧田は裕星の意向など聞かずに淡々と説明し始めた。


「それでは、女性の身元や経歴を簡単にご説明します。一応、番組の建前上、参加女性を把握して不自然にならないよう動いて頂きたいのです。


 天音さんは知り合いなのでよく御存じですね。


 一人は岡本アンさんといって、脇役が多いですが女優さんです。事務所はA。背が高くてスタイルがよく、洗練されている女性ですよ。25歳です。


 二人目は堂本どうもとかおりさんといって、モデルをされています。あまり知られていませんが、雑誌等に時々載られているようですね。彼女は少し見た目から派手に見えますが、話したところとても気さくな女性です。事務所はBで、23歳。


 三人目は鈴木永久すずきとわさん。彼女はまだC女子大の学生です。しかし、学生でありながらタレント活動もしており、ネット配信番組では顔が知られているようです。可愛らしくてアイドルのような顔立ちをしていて、大きな目が印象的な21歳です。


 四人目は加藤百合奈かとうゆりなさん、24歳。この方はお家が大富豪で、加藤物産の一人娘でありながら以前はモデルとして事務所に所属していたそうです。もう辞められていますので、今は一般人です。色白で細面の上品な方です。


 天音美羽さんは、海原さんの方がよくご存知なのでは? 浅加社長のお知り合いとして。裏表のない素直で純粋な方に見えますね。



 いかがですか? 本来なら、男性にとっては理想の恋人候補ばかりなんですよ」







 裕星は一通り女性の経歴と素性の説明を聞いていたが、途中で眠気が差してしまうほど飽き飽きしていた。肩を上げ下げしたり首を回してコリを解しながら口を開いた。


「あの……、女性達が何者でも結構ですが、再度お聞きしますが、本当にもう辞退は出来ないんですか?」


「はい、スミマセン。もう番組的にもそれは出来かねますね」


すまなそうな顔をしているつもりだろうが、牧田の目の奥はうっすらずる賢い笑みが浮かんでいた。






 裕星がしばらく考えていた。番組を辞退するのはもう手遅れだったようだ。このまま引き受けるのが必須なのだろう。


 しかし、美羽はどうだ? 彼女は何も知らされず下品な男獲得バトルに巻き込まれることになる。

 裕星は、最初から美羽だけを相手にしているわけにはいかないだろうと想像した。他の女性たちの足の引っ張り合いが始まることは目に見えているからだ。

 また、番組的にも裕星が最初から一人の女性だけを相手にしていたのでは面白みがなく、事務所に抗議が入ることも予想が付く。


 裕星がしばらく牧田の言葉を反芻はんすうしていたそのとき、また隣の部屋から女性達の大きな話し声が聞こえてきた。




 <美羽さんには悪いけど、今回はひと波乱ある予感がするわ。美羽さんを巻き込みたくはないけど、最初に謝っておくね。ゴメンなさいね>


 <あの……私はなにも>


 <今回、もし誰かがようなことが起きても驚かないでね。それくらい危険なことが起きる覚悟でやるんだから>



 裕星はその声を聞いて、思わず壁の方に向いた。すると牧田が気付いて裕星に話しかけた。


「ああ、あの声。隣の部屋は女性達の控室なんですよ。もうすでにお互いに牽制けんせいが始まってるみたいですね。面白くなりそうです。まあ海原さんには力を抜いて楽しんで、女性達としばしお付き合い頂きたいと思っています」


 裕星は一瞬眉を潜めたが、ハァと深いため息をいて、「──分かりました。もう引き返せないなら受けますが、ただし、一つだけ僕の条件ものんでいただけますか?」








 裕星がテレビ局を後にしたのは、夕方過ぎのことだった。美羽はもう先に帰ったらしく、隣の部屋の声はあれきりだった。


 しかし、今までの自分とはかけ離れたことをさせる番組で、思い切り見知らぬ女性たちと絡んで、その中の誰かを選ぶという、裕星にとっては無茶苦茶な行為に頭を悩ませていた。


 最終的にはもちろん美羽を選ぶつもりだが、それまでの二週間、一体どうやって他の女性達と付き合わなくてはならないか。裕星には何の考えも浮かばなかった。再び怒りが湧いてきて、すっかり日の落ちた駐車場で思わず叫んだのだった。


 ――浅加社長は一体何を考えているんだ!








 収録の日は無情にもやってきた。美羽はまだ自分がどんな内容の仕事をするかしっかりとは呑み込めていないようだった。


 しかし、プロデューサーの説明によると、どうやら一人の男性を巡って他の4人との女性と争奪合戦をするバラエティだということだけは分かった。


 しかもその男性というのが、自分の恋人である裕星なのだ。



 美羽はあの時の裕星の電話の意味が今になってよくわかってきた。(依頼を断れ! お前が断らない限り、俺も断れないんだ)


 あれは自分に対する警告だった。しかし、自分はただ単にシェアハウスのように他の女性達と暮らすだけだと勘違いしていたのだ。



 全く世間知らずの美羽を騙すのは赤子の手をひねるくらい簡単なことだった。

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