第2話 天使の悪夢の日曜日
「Wha,What? なに今の。凄い声聞こえなかった?
リョウタが驚いて落としたドラムスティックを拾いながら
「ああ、俺も聴こえた。なんだか相当怒ってる声だったな。裕星にまた何かあったのか?」
光太もギターの手を止めて、ドアの向こうの廊下を隔てた社長室の方へと顔を向けた。
社長室ではまだ裕星が番組への出演に抗っていた。
「俺は納得がいかない。なんで俺が
仕事は、陸が自分で実力を付けて掴んでこないといけないものでしょ? そうやって甘やかすから、この間も練習もしないで遊び歩いてばかりだったじゃないですか」
「まあ、裕星の言うこともわかる。だから俺も考えたよ。お前が快く引き受けてくれるような策をね」
「――なんですか?」
「実は……美羽さんを出演させることにした! お前の恋人候補の5人の内の1人としてね。
これならやりがいがあるだろ? どうせ、誰も美羽さんがお前の本当の恋人だなんて知らないんだから、ここで初めて選ばれた恋人となれば、これから堂々人前でも番組公認の二人として付き合えるんじゃないか?
まあ、週刊誌のように、今まで仮想彼女をこしらえてはお前の極秘熱愛彼女役にして部数を売って来たやつらにとっては、こういう風に堂々と交際宣言されるのが一番嫌なことだからな。どうだ? 俺も頭がいいだろ?」
ニヤニヤしながら浅加が顔を上げると、喜んでいるどころか震える拳を握りながら鋭いまなざしでこちらを睨んでいる裕星の顔があった。
「……まさか、美羽まで巻き込んだんですか? 社長といえど、これだけは我慢ができない!
俺はもう頭にきた。今からストライキに入ります! 俺への連絡はあの番組がなくなったらにしてください! じゃ、これで」
そう言うやいなや、大きな音を立てて社長室のドアを閉めた。車のキーを胸ポケットから取り出すと、つかつかと足早に地下駐車場へと向かって行ったのだった。
浅加が社長室の窓から覗くと、裕星の愛車のベンツがサーッとどこかに走り出て行くのが見えた。
裕星は車の中で美羽に電話をかけた。
車に内蔵された電話のスピーカーからすぐに美羽の声がした。
<もしもし、裕くん?>
「美羽、俺に何か言わないといけないことがあるんじゃないのか?」裕星の低い声が響いた。
<言わないといけないこと? うーん……何かしら?>美羽はいつもと変わらない天然な返答だ。
「お前……テレビのバラエティ番組に出演依頼が来ただろ? まさか受けたのか?」
<バラエティ? ──ああ、裕くんの事務所の社長さんにちょっとだけテレビに出て欲しいってお願いされたんだけど、いったいどんな内容なのかはまだ分からなくて……>
「ははぁん、そういうことだったのか、浅加のやつめ……。
美羽、断れ! その依頼を断るんだ!」
<ええ? どういうこと? 社長さんがどうしても出てくれないと困るというので受けたんだけど、そんなに大変お仕事だったの?>
「ああ、相当な! 大変と言うより屈辱的というか……、まあとにかく、美羽がその仕事を断らない限り俺も動きが取れないんだ。そんな番組に美羽を出す訳にはいかないからね」
<──分かったわ。だけど今更断る事はできるかな? もうそのお仕事を受けちゃったし……>
「社長の言うことは聞かなくていい。体調を崩したとかなんとか言って断ってくれ! そうじゃないと、とんでもないことをさせられるぞ!」
<そこまで……? でも実は今、そのテレビ局に来ていて、プロデューサーさんとさっきまで簡単な打ち合わせをしてたところなのよ。もう出演を受けるって言っちゃったし……>
「はぁー? 今そのテレビ局にいるのか? それならプロデューサーにはどんな仕事か聞いたんだろ?」
<それが……ただ他の4人の女性たちと一緒に食事をしたり、ゲームをしたり、合宿のようなことをしてくれればいいって……そんな大変なお仕事ではないみたいだし、シェアハウス的な事じゃないのかな>
「打ち合わせはそれだけだったのか?」
<うん、聞いたのはそれだけだよ>
「俺が出るというのは聞いたか?」
<えぇっ? 裕くんもこれに出るの?>
「あ、いや、まだ出るとは言ってない。断るつもりだから、美羽も断れ!」
<裕くん、どうしてそんなに嫌がってるの? 面白そうじゃない? それに人助けになるなら……、あ、今プロデューサーさんが来たから切るね>
そういうとプツリと電話が切れてしまった。
――はあぁ、人を疑わないというのはこういうことか。あいつは騙されてるとも知らずに……。
でも、もし俺が出演を断れば、俺の代わりに別の男がアサインされるだろ?
そんなことになれば、もしかして、そいつに美羽がベタベタ触れられたり、肩を抱かれたり、下手すれば、美羽を恋人に選んで……。
裕星は頭をブルブルと振った。
――あり得ないあり得ない。美羽が他の男に触られるだけでも我慢ならないのに、選ばれてキスでもされたりしたら……。
「うわぁー!」
裕星の心の叫び声がつい外まで洩れ聴こえたのか、通りを歩いていた人々が一斉に裕星の車に注目したほどだった。
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