第1話 望まざるアイドルの仕事

「ふざけないで下さい! そんなこと、たとえ幾ら積まれても俺は絶対やりませんよ!」


 社長室にいる裕星ゆうせいの叫び声がドアの外まで響き渡った。


「まあまあまあ、裕星、何も本気でやれと言ってるわけじゃないんだ。お遊びだよ、お遊び! バラエティ的に盛り上がればいいんだ。たまたまお前に白羽の矢が当たったんだ。


 これに出れば、かなりお前の注目度も上がるし、事務所的にもいいイメージ戦略になる。

 誰も彼もが出れる訳じゃない。全て揃ってる完璧な独身男だけが出れるという、まあセレブの恋人選びのようなものだ。その番組に出るのは光栄なことだぞ」


 JPスター芸能事務所の社長の浅加あさかが裕星のバラエティ番組出演依頼を勝手に受けたことで、普段はクールな裕星をここまで激昂げきこうさせていた。



「何を言われても、嫌なものは嫌ですよ! こっちにだって仕事を選ぶ権利くらいある。それに、何がセレブの恋人選びですか。俺は他の女性には興味もないし相手をしたくもない。俺が出たところで番組をしらけさせて終わるだけです」



 裕星は、以前から人気が絶えないバラエティ番組『独身貴族』に出演依頼されたのだ。

 この番組は、独身タレントの中でも特に活躍が著しく、今年の顔として選ばれた若手の男性タレントが、数名の恋人候補の中から一人を選ぶもの。


 また、候補の女性たちも業界内で推薦された自他共に認める美しい女性たちだ。

 しかし、彼女らにとってはある意味サバイバル的なお見合い方法で、生々しいアプローチやハラハラドキドキの恋の駆け引きに視聴者が自己投影できるとあって、かなり人気が高い。


 まず、選ばれる男性の条件は、簡単に言えば、現在独身であること、全てにおいて完璧であることだ。

 つまり、経済力、容姿、才能全てにおいて長けているという条件をクリアした人物でないといけない。

 そして、何百人もの応募がある中、厳しい審査を通過して残ったたった5人の女性が恋人候補となり、二週間という短い期間に自己アピールをしながら、最終的に残った1人が彼の恋人の座を勝ち取る。

 そのためにライバルを蹴落として切磋琢磨せっさたくましていくという、どこにでもありそうなサバイバルマッチング番組だ。



 しかし、裕星にとってこんな屈辱的なものはなかった。なぜなら、裕星にはもう心に決めた女性がいるからだ。


 天音美羽あまねみう、裕星がまだメジャーデビューする前、渋谷のライブハウスで歌っていた時のことだ。そこで2人は運命的な出会いをした。

 当時はまだ高校生だったが、現在、都内のカトリック系女子大に通う、裕星より2つ年下の恋人。


 裕星にとって彼女は、初めて心に入り込んできた女性だった。

 それまでの裕星は、幼い時から母親に育児放棄されてきたことで、女性に対して不信感を持っていた。

 しかし、美羽の温かい愛が、固く閉ざされた裕星の心をいとも簡単にするりと解いてくれたのだ。(Part1エピソードに詳細)


 美羽一途の裕星にとっては、いくら番組を盛り上げるためだとしても、他の女性を口説くことなど言語道断のことだろう。



「断ります! 金輪際、俺にこんな仕事を持って来ないでください!」


 浅加社長にとって、裕星のこうと言ったら決して曲げることのない頑固さは把握済みだ。


「まあ、裕星、いくら恋人選びでもこれは単なる番組上の演出だ。何も、本当に口説けとかキスしろとか付き合えと言ってるわけじゃない。

 お前のその神秘的な部分を番組プロデューサーがえらく気に入ってね。女性たちが簡単に落とせないようなクールでクレバーな男を求めていたらしい。それでお前が第一候補に挙がったそうだ」


「──ああ、それじゃ、第2候補の奴の方にしてくれますか? 俺はこんな下らないことで煩わされたくないですから」



「まあ、第2候補がいるかといえば……その、まあ、なかなか見つからないらしい。軽いノリがあって女性慣れしてる奴はいるが、お前のような芯のある純粋の男がなかなかいないんだよ」


「佐野、あいつはどうですか? あいつなら俺より大人だし今誰とも付き合ってない。あいつが一番適任なんじゃないですか」



「ああ、光太も完璧な男だが、それがその……光太は候補には入ってなかったんだ」


「はあ? どうして? 俺はあいつの方が一番この番組に合ってると思いますよ。優しいし、女性を紳士的に扱える奇特な男だ。ついでに、そこで本当に好きな女性が見つかったら一石二鳥じゃないですか? それ相応の選び抜かれた女性が来るだろうから」



「それはそうなんだが、プロデューサーの目に留まったのはお前の方なんだ。ああ、もちろん彼はお前には美羽さんという決まった相手がいることは知らない。美しい女性に全くなびかないそのクールな落ち着きようがいいといって、お前を説得するようずっとせっつかれてるんだよ」


「なら、俺がわがままで社長の説得に応じなかった、ていうことでいいんじゃないですか?」


「いやあ、実は、先に別の契約と交換条件でな……すでに決まってしまったことなんだよ」


「何との交換条件ですか!」


「つまり、りくの主演ドラマを作る代わりに、裕星をこの番組に出演をさせるってことだ……」



「俺の意志は尊重されないんですか? それも、よりによってそんな女とベタベタしたり、好きでもない女を口説いたり、その上、その中から誰かを選べと?」


 裕星の声は一層音量を増し、練習室でドラムとギターのセッション練習をしていた佐野光太さのこうた相田陸あいだりく、リョウタの耳にまで届いていた。

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