第33話 一回戦

 大会は波乱の連続だった。

 一回戦で外国の招待選手のふたりがいきなり脱落した。


 夜だし、ステージコースがかなり遠くにあるし、ステージ上でみんなに見つめられながらドローンを操作しないといけない。そしてなにより、このコースがとにもかくにも難しい。


 わたしは、一回戦の最終レース、第四試合だったことに感謝した。

 いきなりこのコースを飛んだら、完走できなかったかもしれない。それくらい、このコースは難しい。


 招待選手のふたりが、クラッシュでリタイアしたのがなによりの証拠だ。


 第一試合と第二試合は、二台がクラッシュ。第三試合でも一台がクラッシュした。みんなどんどん安全運転になっていく。


 つぎはわたしの番だ。わたしは、代田だいだくんと、アリアちゃん、あと遊梨ゆうりといっしょにステージにあがる。

 アリアちゃんがわたしにVRゴーグルをつけてくれて、代田だいだくんがいっしょにわたしのVRゴーグルの視点を確認してくれる。

 遊梨ゆうりは特に何もしないけど、応援は人一倍してくれる。


 わたしはけっこう動く右手で、親指しか動かない左手をつかんだ。そして、胸の高さまで持っていくと、つかんだ左手を手放す。

 力なく落下する左手の親指が、心臓に「トン!」と突き刺さる。そして左手の親指にありったけの力をこめて、「くいっ」っって上にあげる。左手がほんの少しだけ上を向く。

 やってやる。このコースを完走して、準決勝に進むんだ!!


「つづいては、第四レースです」


 観客の歓声が一気に大きくなる。そして、会場は一面真っ赤なペンライトが咲き乱れる。

 アイドルの佐々木ほのかのイメージカラーで、第一コースのイメージカラーだ。


露花ろかちゃん! あと、君たちも!」


 わたしは、ほのかさんに、いきなり声をかけられた。

 ほのかさんは、私の前に右の手の甲を差し出した。わたしと、代田だいだくんとアリアちゃんと遊梨ゆうり、そしてほのかさんと一緒に円陣をくんだ。


 ほのかさんは、大きく息をすってから、


「ひとりじゃない 仲間とともに 高く飛べ! 思いっきり楽しもう!!」


 って叫んだ。


 そしてまるでエンジンがかかったみたいに、ステージへと飛び出していった。


 ブルブルッ!


 わたしは、武者ぶるいをした。わたしの身体もエンジンがかかったんだ!

 エンジンのかかったわたしは、電動の車椅子のコントローラーを思いっきり前に倒してステージに出て行った。観客の視線は、ほとんどほのかさんに向かっている。でも、ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、わたしへの視線も感じた。


 第四レースは、わたしと、ほのかさん、そして四十歳くらいのおじさんと、大学生のおにいさん。予選のタイムは、この四組目が一番遅い。

 だから、わたしにだって、充分に勝ち残れるチャンスはある。


「各選手、準備が整ったようです。それでは、一回戦第四試合を開始します」


 司会の人が声をはると、会場はたちまちしずかになる。そして、発音のいい英語のアナウンスが会場に響きわたる。


「ラウンド、ワン……………………ゴー」


 スタートした途端、会場にはまるでゲームのようなBGMが大音量で流れる。そして四台のドローンは一斉に飛び立った。


 うん! スタートは悪くない。わたしは、プロポの右スティックを思い切り前に倒した。最初のスラロームは、チョンチョンと左右に右スティックを細かく倒してすり抜ける。

 そして上部が密閉したゲートをくぐる。


 そして次が最大の難所!


 わたしは、すぐに左スティックを思い切り前に倒す! フルスロットルでドローンを上昇させて、そしてすぐに右スティックを下に倒して折り返す。


 いい感じだ。わたしは二位につけている。目の前には、赤いLEDライトを光らせ

たドローンが飛んでいる。


 ほのかさんだ! すごい! 負けたくない!


 でも、わたしはこのまま二番手につけばいい。

 慌てるな。このまま、このまま、このままだ! わたしはゆっくり息をはきながら、大きなカーブと、ふたつのゲートをくぐる。


 二週目! 突然、ほのかさんのドローンがスラロームにぶつかった。


 え? こんな簡単なところで?


 手が少しふるえる。だめだ落ち着け! 抜かされてもいい! 二位でもいいんだ! わたしは、つとめて安全運転で二週目をゴールした。わたしの前には誰もいなかった。そして、わたしの後ろにもだれもいなかった。


「一位は、斑鳩いかるが選手! 残念ながら三選手はリタイアだ!」


 わたしのゴーグルをアリアちゃんが外してくれる。

 わたしは、ステージの左端に座るほのかさんを見た。


 ほのかさんは。私と目があうとにっこり笑って、胸元で小さく拍手をしてくれた。くちが「おめでとう」って言ってくれている。でも、そのあとほのかさんは、手のひらで目頭をぬぐっていた。

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