第32話 わたしの身体が〝特殊〟だからだ。
日が暮れて、開会式が始まった。
開会式のあと、アンバサダーをつとめる有名なアイドルグループが大会を盛り上げるミニライブをする。わたしは、ステージのそでで、そのライブを観ていた。
暗いステージそでから見るアイドルのライブは、ビックリするほどまぶしくて、客席のLEDのペンライトは、色とりどりに光って左右に振られている。
わたしたちのドローンも、LEDライトをつけて空を飛ぶ。
ステージには、パイロットが座るシートが置かれてあって、そのシートと同じLEDライトをドローンにつけて飛行する。わたしの試合は第四試合。シートは四番。緑色のシートの席だ。
アイドルのステージが終わると、ひとりのアイドルを残して、他のメンバーはステージにはけていく。
代わりに司会の人が入ってきて、マイクを使って声をはりあげた。
「今回のレースは、大会アンバサダーのひとり、佐々木ほのかさんもレースに参加します!」
ペンライトが、ひときわ大きくふられた。さっきまで、色とりどりのペンライトがひかっていたのに、今は赤一色だ。このアイドルの衣装とおんなじ色。つまり、佐々木ほのかのイメージカラー。
「ほのかちゃん、レースの意気込みは?」
司会の人が、佐々木ほのかにマイクをむける。
「わたしは、まだ、初めて一ヶ月なんですけど、ドローンの魅力にすっかりハマっちゃいました! まだまだ未熟ですけど、優勝目指してがんばります」
ステージから声援が聞こえて、赤いペンライトが激しく揺れる。
司会の人と、佐々木ほのかの話は続いている。
(やばい……きんちょうしてきた……)
わたしはけっこう動く右手で、親指しか動かない左手をつかんだ。そして、胸の高さまで持っていくと、つかんだ左手を手放す。
力なく落下する左手の親指が、心臓に「トン!」と突き刺さる。そして左手の親指にありったけの力をこめて、「くいっ」って上にあげる。左手がほんの少しだけ上を向く。
気持ちが落ち着いていく。中学新記録の四メートルを飛び越えることができた無敵のルーティーン。その効果はいつでもどこでも抜群だ。
司会の人と佐々木ほのかの話は続いている。
「ライバルの選手はいますか?」
「みんなライバルですけど、なかでも同じ女の子の
「なるほど、
「……じゃ、おねがいします」
スタッフさんの声を聞いて、わたしは右手で車椅子のコントローラーを前に倒して車椅子を走らせていく。わたしがステージに行くと、会場からちょっとしたどよめきが聞こえた。わたしの身体が〝特殊〟だからだ。
でも、関係ない、全然平気だ。
わたしの身体には、ハンディキャップがある。下半身はまったく動かないし、左手は親指しか動かない。結構なハンディキャップだ。
でも、ドローンレースには、そのハンディキャップが有利にはたらく。親指しか動かない左手が有利にはたらく。
ハンディキャップなんてへっちゃらだ!
「斑鳩選手は、中学一年の時、事故をしたんですよね」
「はい。脊椎を損傷して、下半身は動きません。あと左手は親指しか動かないです」
会場からどよめきが聞こえてくる。ちょっとだけ同情がまじったどよめき。
でも、全然平気だ。わたしは全然へこたれない。
「ドローンをはじめたきっかけは?」
「クラスの友達のすすめです。わたしは、事故をするまでは棒高跳びの選手だったんですけど、スポーツができなくなった時に、かわりに友達にすすめられました。
からだは不自由になったけど、ドローンがあれば、わたしは自由に空を羽ばたけます‼︎」
会場が拍手につつまれる。その半分は同情にまじった拍手かも知れない。「かわいそうだな」って思われてるかもしれない。
でも……余計なお世話だ。わたしは全然かわいそうじゃない! むしろわたしは恵まれている。だってわたしのことを全力で応援してくれる親友と、後輩と、か、彼氏だっているんだもの。結構、いやかなりのリア充だ。
そして、ドローンの腕だって負けてない。
わたしは〝実力〟で、このレースを勝ち上がってやるんだ!! ハンディキャップを利用して、この親指しか動かない左手を存分に利用して、この難コースを攻略するんだ!!
ブルブルッ!
からだがふるえる。緊張じゃない。十一月の夜の北風のせいでもない。なのに身体がふるえていた。楽しみなんだ。わたしはこれから始まるレースが楽しみで仕方がないんだ。
この身体のブルブルは〝武者振るい〟。重大な場面に臨んで、興奮のためにからだが震える現象らしい。ドローン部の非正規部員の校長先生に教えてもらった。
やってやる! とにかく全力をつくすんだ!
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