第17話 一番乗りの教室

 月曜日、わたしはお母さんに学校まで送ってもらう。

 お母さんは、学校の校門に車をつけると、わたしの車椅子を助手席に置く。わたしは、体をスライドさせて車椅子にすべりこませると、お母さんは、わたしのヒザの上にスクールバッグを置いて、いつもの質問を聞いてきた。


「じゃあ、今日もむかえに行くのは五時半でいいのね」

「うん。その時間までは、クラブ活動だから」

「毎日その時間なら、お母さんフルタイムで働こうかしら。会社に頼まれているのよね」


 八時からのパートがあるお母さんは、そのまま職場に行く。浦安市に引っ越してきてから始めた事務の仕事。わたしの送り迎えがあるから、お昼までのパート勤務にしたらしいけど、わたしの下校が毎日五時をすぎるのなら、たしかにフルタイムで働ける。


「じゃ、行ってくる」


 わたしは、右手でコントローラーをあやつって、校舎へと向かって行った。


 八時前に学校に登校するわたしは、クラスの中でもかなり早い方だ。朝練のある運動系クラブに所属している生徒は、もっと早くから登校しているけど、グラウンドや体育館にいるから、実質一番乗りのようなものだ。

 わたしは、この時間を利用して、指のリハビリをする。


 教室に入ると、まずは、車椅子から体をスライドさせて、自分の席に座る。そして、スクールバッグから、青色と、緑色のハンドグリップを取り出す。

 青色は、二番目に負荷があるハンドグリップで右指用。二十回、二セット。緑色は、左腕の親指用。二番目に負荷が軽い青色で十回二セット。クラスメイトが来るまでに、やりきってしまう。


 わたしは、最初に右手にハンドグリップを通す。五本の穴があるハンドクリップに、指を一本ずつとおして、思いっきり広げる。


(一……二……三……四……五……六……七……八……九……十)


 右手の握力は随分と回復している。


(十一……十二……十三……十四……十五……十六……十七……十八……十九……二十)


 ふつうの女の子と大差ないくらいになってきたと思う。うれしい。

 わたしは、もうワンセット二十回をくりかえす。


(一……二……三……四……五……六……七……八……九……十)


 少し息が切れるけど、大丈夫、問題ない。


(十一……十二……十三……十四……十五……十六……十七……十八……十九……二十)


 ふう、ふう、ふう、うん、大丈夫。息がきれるけど問題ない。もう、右腕はリハビリ用じゃなくてもいいのかもしれない。

 わたしは、右手を左腕にこすりつけて、右手の指にはまっているオレンジ色のハンドグリップを手から外す。緑色のハンドグリップは、くるくるとまるまりながら、指から「するん」とはずれる。


 わたしは青色のハンドグリップを机の上に置くと、もうひとつ机に置いてある緑色のハンドグリップに持ち替えた。左指用のハンドグリップだ。

 わたしは、右手で左手をつかんで机の上に上向きに置く。そして、左手の親指を立てると、ハンドグリップをひっかける。そして、全く動かない残りの四本の指にもひっかける。


(一……二……三……四……五)


 左手の親指は、筋力だけじゃなくて、可動域を意識してリハビリをやる。


(六……七……八……く……じゅう)


 はぁ……はぁ……指が固まってしまわないように、少しでも左手でできることを増やすためにやる。

 わたしは、もうワンセット十回をくりかえす。


(いち……に……さ……ん……よ……ん……ご)


 わたしは今日から、一番弱いピンク色のグリップから、ひとつ強度をあげた。


(ろく……な……な……はち!……く……く……くくく)


 はぁはぁ……ダメだ。十回二セットはまだ無理だ。わたしの左手にはとても重い。とてつもなく重い。くやしいけど、あきらめよう。

 わたしは、左手の親指にはめたハンドグリップを抜き取って、スクールバッグに押し込んだ。そろそろ、クラスメイトが来る時間だからだ。

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