第10話 息をのむほど可愛い子

 六月一日の衣替えの時にはちょっと肌寒いと感じた半袖の制服も、あっという間に暑いと感じるようになった。教室はクーラーを入れっぱなしだ。今日は金曜日、授業が終わったら、わたしは、いつものように三階の空き教室に行く。


 教室に出るのはちょっと後だ。わたしは、学校の椅子から、車椅子へと体をすべらしながら、ある男の子の行動をそれとなく視線で追う。代田だいだくんだ。


 代田だいだくんが、家に帰るフリをして教室から出ていくのをみはからって、わたしは右手のコントローラーで車椅子を操作する。代田だいだくんは、教室を左に曲がって、わたしは教室を右に曲がる。代田だいだくんは階段で、わたしはエレベーターで三階にある空き教室に向かうんだ。


 わたしと、代田だいだくんふたりだけのドローン部。でも、今日は先客がいた。

 そしていつもは先に空き教室について、机と椅子でコース作りにはげんでいる代田だいだくんがいない。そして、代田だいだくんの指示を受けて、一緒に机と椅子を運んでいる校長先生もいない。


 あ、でも、ドローンは置いてあるな……二人とも、どこにいったんだろう?

 空き教室の先客は、空を見ていた。クーラーが設置されていない空き教室の窓を開けて、窓のさっしに頬杖をついて、ぼんやりと空を見上げていた。


 カワイイ。息をのむほど可愛い子だ。


 身長は百五十センチくらい。下級生かな? とろんとした二重まぶたで、すっごくかわいい子。耳も見えるくらいのショートの髪型に、ちょっと不釣り合いな長めの前髪が、やわらかそうに風を受けて揺らいでいる。


「あの……」


 わたしが声をかけると、その子は、「ビクッ」って肩をふるわせて、こっちを見た。長い前髪が、まるで墨汁をかけられたみたいに顔を半分おおってしまう。せっかく可愛いのに……もったいない。


「この教室、今から使うんだけど、いいかな?」


 わたしの声に、その子はうつむいて顔を真っ赤にしている。


「あ、怒っているんじゃないよ。ここ空き教室だし。それに使うと言っても、この教

室全部使うわけじゃないし、そのまま、いてくれていても問題ないから」


 そう言うと、その子は、ずっとうつむいたまま固まってしまった。

 えーと……どうしよう。

 わたしが困っていると、代田くんと校長だいだ先生がやってきた。


「あ、校長先生、こんにちは」

「こんにちは、斑鳩いかるがさん。蟻戸ありどくん、もう、斑鳩いかるがさんにはあいさつをすましたかい?」


 え?  蟻戸ありど……くん?


 わたしは、 蟻戸くんと呼ばれたその子を見た。スカートをはいている。つまりは、女子の制服を着ている。


「あ、蟻戸ありど有亜ありつぐです。一年生です」


 蟻戸ありどくんは消え入るような、ものすごくちいさな声で自己紹介をした。


蟻戸ありどくんは、ちょっと事情があってね、保健室登校をしている生徒だよ」


 校長先生の説明に、わたしは何となく察してしまった。つまり蟻戸ありどくんは、女の子になりたい男の子なんだ。


 わたしは、神様はイジワルだと思った。

 息をのむほど可愛い子が蟻戸ありどくんが男の子だなんて。

 そしてきっと、神様と同じくらいイジワルな子が、蟻戸ありどくんのクラスメイトにいるんだろう。


 だからきっと、蟻戸ありどくんは、保健室登校をしているんだ。

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