第6話 王子は姫に翼をさずける

 わたしがドローンにドキドキしたと勘違いしている、性格残念塩顔系イケメンの代田だいだくんは、さわやかに笑ったまま話を続ける。


「うれしいよ。斑鳩いかるががドローンの楽しさに目覚めてくれて! あ、でもこのままだと操作しづらそうだな……操作モード替えるから、それでもう一回飛ばしてみなよ!」


 そう言うと、代田だいだくんはコントローラー……じゃない。プロポ……だったよね? をひっくり返して、コードをつないでスマホにくっつけた。そしてスマホをスイスイと操作すると、わたしにコントローラーを手渡した。


「操作モードを変えてみた。斑鳩いかるがはこっちの方が操作しやすいと思う。あと、せっかくだからさ、ドローンになってみない?」

「は?」


 ちょっと何言っているかわからない。

 わけのわからないことを言った代田だいだくんは、スクールバッグからゴソゴソと四角い箱を取り出した。箱には、ベルトがついている。


「VRゴーグル? テレビでみたことある!」

「正しくはヘッドマウントディスプレイ。それに、ヴァーチャルじゃない。見るのはドローンのカメラが映した実際の映像。ま、めんどうだから、VRゴーグルでもいいや」


 そう言うと、代田だいだくんは、わたしの背後にまわって、わたしにVRゴーグルをかぶせてきた。

 すると、目の前に机に座ったわたしがいた。その後ろに代田だいだくんが立っている。


「ゴーグルかけた方が、直感的に操作できるからさ。動かしてみなよ」


 そう言いながら、代田だいだくんはひざを立ててわたしの横に座ると、わたしの左手をそっとそっと包み込んだ。

 え? なにこれ⁉︎ 代田だいだくん、お姫様に告白する王子様みたい……カッコイイ……え?  てことは……わたしがお姫様⁉︎


 わたしは、自分の考えた妄想ではずかしくなった。ヤバイ、ヤバイ! めちゃくちゃはずかしい‼︎


「ほら、はやく、飛んでみて」


 代田だいだくんがわたしの耳元で優しくささやいている。その映像をわたしはバッチリ目撃してしまっている。ヤバイ! 本当にヤバイ‼︎

 おちつけ、おちつけ! 冷静になれ斑鳩露花いかるがろか‼︎ へんな妄想はヤメロ! そうだ、飛んじゃえばいいんだ! 遥かかなたへ飛んじゃって、わたしと代田だいだくんを映さなければいいんだ!


 わたしは、右スティックを前に倒した。あれ? うごかない。そっか、さっき操作を逆にしたって言っていた。わたしは、左スティックを思い切り前にたおした。


 フィーん……。


 ドローンはふわりと浮かぶと、わたしと王子様じゃない! 代田だいだくんを視線からはずして、教室の壁を映す。


「うまい、うまい!」


 よし、とりあえず、このままの高さでいよう。この高度なら、わたしに密着したイケメンの代田だいだくんを見ないでいい。余計なキンチョウをしないでいい。わたしは、右スティックを外側にたおした。外の景色が見える。きれいな夕焼けが見える。そして視点が高いから、グランドは見えない。


 わたしは、そのまま右スティックを外側にたおしつづけた。ドローンはゆっくりと旋回して、今度は廊下が見えてくる。


「窓をくぐってみなよ」


 耳元から、代田だいだくんの声が聞こえる。

 わたしは言われるがまま、上の小さな窓から廊下に出た。そしてすぐに旋回してとなりの窓から教室に戻る。


「すごい! 斑鳩いかるが、ホントにセンスあるよ! せっかくだからさ、外も飛んでみなよ!」


 わたしは言われるがまま、上の小さな窓から夕焼けで染まる外に出た。

 飛んでいる。わたしは飛んでいる。わたしは今、ちょうど上空四メートルを飛んでいる。直感でわかる。これは上空四メートルだ。わたしは、今まで一回しか跳べなかった、上空四メートルの世界を飛んでいる。


 すごい! すごい! すごい‼︎


 わたしは、ドローンを飛ばして、走り幅跳びの砂場に向かった。ゆっくりと地面に近づいて、視線をわたしの背の高さに合わせる。ピッタリ、百六十センチに合わせる。


 右手の親指でスティックを思いっきり前に倒すと、わたしは軽やかに助走をする。そして助走ポイントにくると、わたしは、ほんのちょっとだけ左手の親指でスティックを前に倒す。わたしは軽やかに浮いていく。

 女子の幅跳びの世界新記録なんて目じゃない。六メートル十六センチなんて目じゃない。わたしは、あっという間に砂場を飛び越える。


 すごい! すごい! すごい‼︎


 わたしはドキドキした。またこんな快感を味わうことができるなんて! また、自由に身体を動かせる喜びが味わえるなんて!


 すごい! すごい! すごい‼︎


 わたしはちょうしに乗った。ちょうしにのって、砂場の横の鉄棒をスイスイとたがいちがいにくぐりぬける。


「すごい! スラローム飛行だ」


 代田だいだくんが興奮してさけんだ。よくわかんないけど、多分、ほめ言葉だと思う。


 わたしはもっと調子に乗って、今度は鉄棒のバーのスレスレで、上をまたいだり、下をくぐったりしながらドローンを飛ばしていく。

 わたしは、ちょうしに乗った、どんどんちょうしに乗った。すると突然、


「あなたたち、何をやっているの?」


って、おっきな声が聞こえてきた。担任の、今野こんの先生だ。


「ひゃぁ!」


 わたしはおどろいて、もっとおっきな声を出した。たちまちわたしは落っこちた。ちょうしに乗っていたわたしは、びっくりしてプロポをはなして地面に落っこちていった。正確には、落っこちたのはわたしじゃなくて、ドローンで、わたしはゴーグルでその映像を見ているだけだけど、それでもめちゃくちゃビックリした。


「もう、代田だいだくん、女の子にヘンな遊び付き合わせちゃダメでしょ?」


 今野こんの先生は、あきれた声を出して代田だいだくんをしかった。ドローンを飛ばしていたわたしじゃなくて、代田だいだくんの方をしかった。


「遊びじゃないですよ! ドローン部は校長先生が認めてくれたんだから!」


 そう言いながら、代田だいだくんはわたしのVRゴーグルを外してくれた。


「それに、無理矢理じゃないです! ちゃんと斑鳩いかるがに『やってみる?』って聞きました」


「ほんとに〜? あやしいなぁ。斑鳩さん、無理しなくていいのよ。こんなわけのわからない遊びに付き合わなくても」


「だから! 遊びじゃないって!」


 今野こんの先生と代田だいだくんが言い合いをつづけるなか、わたしは言った。


「先生、これは遊びじゃないです。わたしも、ドローン部に入りたいです」


「マジで! やった、部員一人ゲット! よろしく、斑鳩いかるが! 目指すは世界だ!」


 代田だいだくんは大喜びではしゃいでいる。ちょっとカワイイ。


 わたしはドキドキしていた。代田だいだくんがイケメンで、はしゃいでいてちょっとカワイイから。だけど、それよりも、それよりも、最高に気持ちが良かったからだ。ドローンで自由に飛べるのが、もう、最高にうれしかったからだ。


 跳べるんだ。


 わたしはまた飛ぶことができるんだ。そのことが、もう本当にうれしかった。ドキドキが止まらなかった。そして、そんなドキドキが止まらないなか、今野こんの先生がいまさらなことを言った。


斑鳩いかるがさん、お母さんが職員室にたずねにきたわよ。LINEをしても、電話をかけても、ちっとも返事がないって」


 わたしはテーブルに置いてあるスマホをみた。LINEと電話のアイコンの右上に、たくさんの数字がついてあった。

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