第17話 観猿の肝丸

 東武カンタムマグレブ線 千間台駅。

 

 マグレブの壱等客室に、安生やすより月紬つむぎは乗り込んだ。

 二人を個室に案内した客室メイドが、深く一礼をして扉を閉める。

 

 ここから六本木までは30分ほど。

 月紬つむぎと話し、可能な限り状況を摑んでおきたい。

 

 先ほど。

 中継員は、月紬は2本前のマグレブで六本木に向かう手筈てはずのはずと言った。

 しかし、当の月紬つむぎにその認識はない。

 単なる手筈てはずの漏れ、なのか。

 それとも、何らかの妨害工作があったがため、なのか。

 

月紬つむぎ先生、すみません、無理にご一緒させていただきまして」


「いえいえ、このように高級なお部屋に座らせていただきまして恐縮です」

 月紬つむぎはすまなそうに肩をすぼめる。

 愛らしい小心者といった風。予定をすっぽかし平気なたちの女には見えない。

 

「あと、先生はやめてくださいませ。學院でのわたくしは見習いの秘書に過ぎないのですから」


「學院長の秘書殿といえば、将来の出世頭ではありませんか」

 なお恐縮する月紬つむぎを、優男やさおとこの笑みと共に安生やすよりは持ち上げる。


 窓外には、浦和の高級住宅街。緑豊かな光景。 


(表面をなぞる会話から早く離れねば)

 そう思うも、話の向かうべき先は見えない。

 


 まずは、私は六本木住まいでして、と、プレイボーイじみた気障キザ科白せりふ

 次いで、月紬つむぎの事情を尋ねる。

月紬つむぎさんは六本木にどのようなご用向で?」

 さしたる用件がないならばと優しく微笑む。

 プレイボーイの軟派にお付き合いくださいと、誘いを込めた笑み。


「はい、お嬢様をお出迎えする予定でして」

(お嬢様? 大山田學院長のお出迎えではなく?)


 マグレブは浦和駅に停車。ここからは帝鉄に入る。


 月紬つむぎは、お嬢様宅に下宿しているメイドでもあるとのこと。

 叡智學院秘書に、お嬢様宅メイドの複業。


 安生やすよりは華族家付き合いの話を出しつつ、お嬢様の家を探る。


 お嬢様の家は代々木上原とのこと。


 今川伯爵家。

 なるほど、内偵への妨害工作との繋がりもありうるか。

 

「そうしますと、上原の高麗子こまこさんに侍られていらっしゃる?」

「はい、高麗子こまこお嬢様付きのメイドを担わせていただいております」


 叡智學院4年、今川高麗子いまがわこまこ

 今川本家の一粒種。

 そして、特警厳秘の要監視人物モニトレアド


 

「失礼、持病の疝癪せんしゃくが……」

 安生やすよりは、懐より丸薬を取り出し、水で流し込む。 

 実際、安生やすよりは、胸の鼓動が早まり目眩がしていた。




 上皇陛下と近親の間柄である今川本家。

 華族系財閥随一のコンツェルン、今川財閥は五属共栄の立役者。

 今川伯爵は貴族院の有力な中立派議員。

 気位が高く独歩を重んじるエルフ属との交渉相手には適任だろう。

 今回のキアステン捜査官とのパイプが今川家を介していることもありうる。

 

 二十年ほど前の今川家の未聞の挙。

 代々木の共産党活動家と目される東大法科生を本家の入婿に迎えたのだ。

 以来、特警参課が今川家を監視かんししている。


 とはいえ、今の高麗子こまこには、皇太子への入嫁の噂がある。

 もう一方で、高麗子こまこの弁は代々木系のアカどもの崇拝対象とも聞くが。


 今川家がエルフ達からの情報を故意に遮断したというのならば……



 さておき、まずは高麗子こまこ付きのメイドにすぎない月紬つむぎの予定を、気位が高いエルフ達が気にかける理由を探らねば。


 先ほど月紬つむぎは、冷凍睡眠コールドスリープ明けと言った。

 それを、彼女が本心からそれを信じているのならば。

 ……この丸薬が謎解きをしてくれるはず。


 ✧

 

 安生やすよりは、湧き出る汗をハンカチで拭う。


「失礼。この丸薬を飲むと火照りやすくていけません」


 安生やすよりは勘解由小路家で受け取った、とっておきの丸薬を飲んでいた。

 観猿の肝丸。魔薬で、服薬すると身体が熱を帯びる。

 

 マグレブが滑らかに減速していく。

 窓外には、帝鉄池袋駅界隈の街並み。


 安生やすよりの恢復を待つ月紬つむぎは、ぼうと窓外を眺めていた。

 

 その目には、腐突鴨者フツツカモノ向けの店々も目に入っているはずだ。


 池袋は、御宅漫陀羅氣おたくまんだらけの聖地の顔を持つ。

 腐突鴨者フツツカモノの男女が萬属ばんぞくのコスプレイを楽しみ睦む街。


 彼ら彼女らが、今の月紬つむぎ真姿まことを見返すことが叶うのならばさぞかし喜ぶことだろう。


 水色の髪に、片割れの角。


 月紬つむぎは、黄泉還りの姫なのだった。

 天鬼属は眠り姫々の片割れ。

 

 観猿の肝丸の魔の力を借りた、安生やすより

 月紬つむぎの隠形の下、他属に秘されたその姿を彼はぼうていた。


 

 六本木駅までは残り8分。


 月紬つむぎから、前世の記憶について聞かねばならない。




 

✧--- 附記 ---✧


 水色髪に一本の角。 

 ゼロから始まった異世界の御話を彷彿しちゃいそうですね。

 単に筆者の趣味なのかもしれませんが、何か重大な秘密があるのかもしれません。

 

 ということで、ここから前半のクライマックスに入ります。

 ここまでお読みいただき、お気に入りいただききました方。

 よろしければ、本作に評価の☆★☆をくださいませ。

 

 かしこ。


 孫ソフィア。

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