第16話 試技を終えて

 来週の企画の詰めを生徒達は話しあっている。

 

 始めのうち、咲花エミカはその輪に加わらず、P子と月紬つむぎと共にいた。

 当初はP子に向け話しかけたが、月紬つむぎからP子は話すことができないと聞いてからは、月紬つむぎが通訳であるかのように話す。

 一月後からP子も叡智學院の4年生となると聞くと、咲花エミカは笑った。


「ちょっとエミリィン。打ち合わせ参加しないと、咲花えみかの本番コスチューム、極めちゃうよぅ」

「大胆レオタードとかの案も出てるしぃ」


「こうなったら、エミカはんのレオタードの透けおパンツ具合が気になるような。は~、っ……」

 最後の声は、与太話が始まり急に主体的になったらしい友樹トモキ

 は~んとクネクネしつつあった彼だったが、途中で固まった。


 咲花エミカが強い目でキッと睨んでいた。


 仕合中もぶらぶらしていた友樹は、風来坊の気があるのだろう。

 

「そうそう、変なこと言うクネ男君を睨み倒しちゃってよ」

「はやく、こっちこっち」

 お嬢様三人組の眼差しは、咲花エミカと後ろの月紬つむぎとP子に向いていた。

 

 「合流します?」と聞いた咲花エミカに、後ろに立っていたゲルツェナが答える。

「いや、咲花エミカ殿、申し訳ない。P子殿はこれから、別件があってな」


 問うように視線を向ける咲花エミカ


 ゲルツェナは、仁王立ちのまま、

「手前の道場で、こちらの指南をしていただく予定でして」

と、右手の薙刀を持ち上げてみせる。


 「ならここで仕合ったらどうかな」と咲花エミカは目を輝かせて答えた。

 ゲルツェナは、いや、道場生が待っているもので……と、口を濁らせる。


 P子との手合せの感想を聞いておこうと、チルダン師と話していた安生やすよりは断りを入れ、ゲルツェナの手助けに入る。


「ゲルツェナ先生の師匠との約束が元々で」、「同門の皆も待っているはず」といった風に適当に話し、咲花エミカが同級生達に連れ戻されるのを持つ。


 1分ほどでその通りとなり、ゲルツェナはP子と共に道場を離れる段となる。


「それでは、安生やすより様、野田の道場に向かいます」

 というゲルツェナ。


 安生やすよりは、通訳(?)の月紬つむぎが同行しなくて大丈夫かと聞いた。


「先生は、この後、六本木に向かうそうでして」

 とゲルツェナは答えた。月紬つむぎも頷く。


 まぁ、ゲルツェナは口で語るタイプではなさそうだし、野田の陸軍基地にはP子と話せる者がいるのだろう。

 

 安生やすよりは六本木に向かうという月紬つむぎにしばらく同行することにした。


 咲花エミカが同級生達の輪に戻った。

 月紬つむぎ安生やすよりは少し離れて彼らの話を聞く。


 ひとり校外生のオブザーバーである友樹トモキはすっかり話をリードしているようだった。唯一の知り合いである心春きよはるが六本木に向かったのに、大した度胸だ。


 皆の笑いを取りつつ、咲花エミカのコスチュームは伝説のスケ番『スケバンD』だと、誘導している模様。

 

 まぁ、演芸会の出し物である。

 先ほどの試技を見る限り、投げられ役の四人の受け身の練習はすんでいる。

 皆、無理な力を入れずに咲花エミカに投げられている。

 怪我をすることはなさそうだ。


 あとは、観衆をいかに楽しませるか、でいいのだろう。

 

 安生やすよりは戯れに微笑みながら尋ねてみる。

「堀先生は、スケバンDは知ってますか?」


「……いえ、私は冷凍睡眠コールドスリープ明けなものでして」

 予想外の答えが返ってきた。


 確かに冷凍睡眠コールドスリープは実用化されている。

 とはいえ、この15年ほどのこと。

 スケバンDは安生やすよりが生まれる前のドラマだ。30年以上前のドラマを知らないとの理由付けとして、冷凍睡眠コールドスリープは理由とならない。


 まぁ、この堀月紬つむぎさんもどこかの組織の任で動いているのかも。

 能面のP子と体つきが似ていたので姉妹かとも思ったが、それも設定なのか。

 

 安生やすよりは納得した風に、『スケバンD』の説明に移る。

 インターナショナルスクールのスケバン四天王のABCD包囲網が作り上げた悪の組織……正義に目覚め、一人反旗をひるがえすのスケバンDといった設定を。


 まぁ、大時代的なテレビドラマなのですよ、と話をまとめる。

 

 脇から友樹がノってきた。

「先生、さすがですねぇ」

と、持参してきたらしい、スケバンDに出演していた獣属人、怪亜人、の写真を安生やすよりに見せる。


 どれも安っぽいヌイグルミのようで、萬属共栄の今では亜人差別だと叱られそう。


 お嬢様達も思いは同じらしく、「それ無理だよ~」といった声が出る。

 

 友樹は粘り強く、見た目の大切さを解く。

 与し易いと思ったのか、月紬つむぎを味方に引き込もうと話しかける。



 彼女のフォローはこれくらいで良いか。


 汗を流し着替えてきたらしいチルダン師が戻ってきた。

 先ほどは差し障りのない話に終始した。


 チルダン師は、先の日帝韓帝共催のオリンピック剣道金メダリスト。

 月日を経て還暦を迎えた今も現役の武道家として後進を指導中。

 そうした、皆が知るような話を振って相槌を打っただけ。

 

 ほぼ初対面なのだから致し方ないが、できたら聞いておくべくことは聞いておきたた。

 

 P子と仕合って実際のところどうだったのか?

 P子が猿神と知って仕合ったのか?

 仕合では真剣を使っていたのか?

 

 チルダン師の方に安生やすよりは向かう。


 ……が、胸元で連絡石が震えた。

 黄色。速やかに連絡せよ、だ。

 

 ✧

 

 用を足しに行く風に道場を出る。

 聞氣ききで中継員の方位を探り、連絡をする。

 

 脳内に「安生やすより、大丈夫か?」の声が響く。

「何がですか?」と返す。

 「月紬つむぎさんはもうマグレブに乗る時だろう」と即座に返された。


 事情が分からないと中継員に返すと

「六本木で金星姫様とハイエルフ様がお待ちのはずだぞ」

と、ゾッとすることを言う。


 それ以上の念話を打ち切り、安生やすよりは道場へと足早に戻る。

 

 まずい。

 何らかの連絡漏れがあったのだろう。

 でも、それではすまなそうだ。金星姫にハイエルフ……

 

 安生やすよりは、先日、ハイエルフのキアステン捜査官の一統、夏目に目立つ聞氣ききを埋め込んてやったことを思い起こす。

 

 あの時は深く考えずにやってしまった。

 後から、お前、エルフのプライドをあまり損ねると奴らの師団に八つ裂きにされるぞなどと、陰陽庁の先輩から脅されたものだ。


 まだ八つ裂きされるほどのことはやってはいないとは思うが、誇り高き外交官で治外法権を持つエルフたちをこれ以上刺激してはならない。

 

 道場に戻ると、友樹が手振り身振りで、月紬つむぎに向かって話かけていた。


 まずは月紬つむぎの予定を確認しなくては。

 

 そして、速やかに六本木に向かわねば。

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