第14話 咲花の殺陣廻り。そして。

 うたは続く斬り込みを咲花エミカに向ける。

 パッと小刀が手より離れた。

 咲花エミカうたに身を寄せふわりと倒す。


 「にゃー」と、やられた~の声。

 そして、なかなかの死んだふりポーズをうたは極める。


 化けて出るよわ、とでも表現するような姿勢。

 そのままで、10秒間静止。


 自ら提示した追加ルールに忠実に従ううた

 このルールを気に入っているのだろう。

 安生やすよりは微笑ましく思う。

 

 これまで三回の試技では、咲花エミカは四人を合気で背を床に着け勝利した、と聞いている。制限時間5分に1分以上の余裕を残して。

 

 今回は、三分半を経過しても、アクリーナの背は床に着いていない。

 

 どうやら、うた美里夢ミリム博士ひろしの三人が、斬り込み役に徹する作戦のようだ。

 斬り込む三人は、小刀でいなされる。

 あるいは躱される

 そしてて付かれ、咲花エミカにふわり投げられる。


 投げられるたびに「ぎゃぁ」と「ひぃ」とか違う声を上げるのはうた

 毎回「あいやぁ」とおっとり声を上げるのが美里夢ミリム

 博士ひろしも何か声を上げているのだが、聞氣きき猿の安生やすよりでも聞き取れない。


 そうした役を順に果たす間、アクリーナは逃げに徹している。

 四人組の中で彼女が一番敏捷そうだ。


 対して、咲花エミカは合気で投げる相手の背を、優しく投げる追加ルールの通りいつも床にふんわりと着ける。

 いつもそのように投げているのか、手慣れた風ではあるが。

 また、練習済らしく、咲花エミカに触られた瞬間に、皆は模擬刀を手放している。


 このルールならばまだ勝敗は不明だな。

 そそ思う安生やすよりは、験氣けんきる。

 技の後半で速度を減じる咲花エミカの合気は、相手に触れ身体を崩し始めて投げ終えるまでの間が、概ねゼロコンマ2秒ほど。


 対して投げられ役の三人。

 一人の身体が崩れたと見るなり、残りの二人が、無手となった咲花エミカに斬り込んでいく。圧縮學習コンプレッシングの成果か、そこそこ素早い。

 

 博士ひろしの上段を躱し後ろに廻った咲花エミカが、彼の身体を崩しにかかる。

 うたが素早く反応し、咲花エミカの背に突きを入れる。

 無手のままでかわし切れないと判断したのか。

 咲花エミカは宙に浮かせたばかりの小刀を握り直し、受け流した。

 いなされたうたの模擬剣は博士ひろしの背に当たる。


 接触判定版に赤が灯ったが、無効だ。

 審判役のチルダン師も動かない。

 

 一連の動きは験氣けんきでは追うのもやっとの速さ。

 咲花エミカの小刀は長さ20センチメートルの模擬剣。

 それを握りなおした刹那に、間近に迫る剣を受け流した。

 物理的に厳しいと思われる動きだが、それを可能とする技量があるのだろう。



 四分が経過した。

 ここまで、切り込み隊3人が代わる代わる死んだふりポーズを披露。

 アクリーナは残る2人を盾に、敏捷に距離を取る。

 時には速く剣を振っての牽制で刹那を稼ぎ、咲花エミカの接近を許さない。


 四人組の方が今回は優勢かもしれない。

 

 チルダン師匠も興味深そうに観戦している。


 るに四人組の弱点は美里夢ミリムお嬢様だろう。

 近づいた咲花エミカにあっさりと投げられている。

 死んだふりポーズをする時の美里夢ミリムの掛け声「あいやぁ」は、道場に何度も響いていた。

 他方、博士ひろしうたが投げられそうになった際の、助力に斬り込みも他の二人より遅い。


 またも美里夢ミリムをふわりと宙に浮かせた咲花エミカが勝負に出た。

 今回は小刀を手に持ち直さず、無手となる。

 

 続くうたの突きを横跳びでかわすなり、裏に宙返り。

 次のバク転は捻りを入れ、アクリーナの近くに迫る。


 捻りの勢いを活かしつつ身を右に傾けスライディングを始める。

 寸で剣の間合いというところで、アクリーナが反応した。

 下段の剣で、スライディングする咲花エミカの胴を払おうとする。


 が、なおもアクリーナに咲花エミカに迫る。

 そして、入れ替えた足で、アクリーナの膝裏を払う。

 アクリーナの剣は中段へと空振り。

 

 先ほどの投げに対しての、おっとりした美里夢ミリムの「あいやぁ」が聞こえてくる。


 スレスレで剣をかわした咲花エミカが、アクリーナの身体に片手を添える。

 体が崩れた彼女の背に咲花エミカのもう片方の手が添えられる。

 アクリーナの背はふわりと床についた。

 

 咲花エミカは脱力したのか、アクリーナの豊かな胸元にポンっと顔を埋めた。


 勝負あり、とチルダン師が片手を上げた。

 模擬刀の接触判定版にも点灯なし。咲花エミカの勝ち、だ。

 

 ✧

 

 

 「モハヤ、戦闘サイボーグだねぇ」

と、チルダン師は苦笑い。

 


「今回は合気の技以外を使っちゃったからね……勝ちかどうか微妙かも」

 咲花エミカはちょっと口を尖らせ、独り言つ。

 

「何の技だったの?」

 聞きつけたうたが聞く。


「ブレイクダンスか新体操。あと、最後のはカポエラに合気を合わせてみた。

ていうか、あたしの方が背が床、先につけちゃっているしね」

と、なお不満そう。


「ダンスや体操の動きを剣術に組み込むなんて、咲花エミカにしかできないって」

 そのうたの声に、皆、笑い出す。


 唇の口を尖らせた一方で、咲花エミカの目つきは和らいでいだ。

 不満顔も魅力的に映るとは、美少女は得なものだ。



 ✧


「面白かった?」

 脇で試技を見ていた月紬つむぎが、能面少女に向けた声だった。


 こくりと、能面少女P子は頷いた。



「勝負ありですな、安生やすより様」

 薙刀を手に、大女が道場に入ってきた。

 安生やすより付きということになっている、武官のゲルツェナだった。


 隠形しつつ入口の手前で観戦していたらしい。




「あれあれ、援軍ですか?」

 ニヤリと笑うなり、咲花エミカが近づいてくる。

 

「はじめまして。手前はゲルツェナ」

 ゲルツェナも笑みを返した。

 

「こちらはP子ちゃん、です」

 と、月紬つむぎ


 P子はペコリと頭を下げた。

 

 ゲルツェナの脇に立つと、月紬つむぎとP子は小柄さが一層際立つ。

 

「はじめまして、ゲルツェナさん、P子ちゃん」

 そう言いつつ、咲花エミカはP子の前に立つ。

 

「ゲルツェナお姉さんも間違いなく強いけれども、あたしはP子ちゃんに興味あるなぁ」

 P子の能面に顔を近づけ、しげしげと眺める。

 

 その能面には不思議な紋様がある。

 情報では、P子は南米テンペールの猿神とのこと。

 インカかアステカのシャーマニズムに縁のある文様だろうか?

 

「ねぇ、P子ちゃん。私とちょっとチャンバラしてみ……」

 言い掛けて、咲花エミカは固まった。

 

 ると、手にしていた小刀を刹那に身を寄せたP子に握られている。

 小柄なP子に体を崩されたようで、咲花エミカの右肩は下がっている。


 肘関節が極められた状態かもしれない。

 

「エミカっ。そこまで」

 後ろから、チルダン師の厳しい声が飛ぶ。

 

 チルダン師は居合いの刀を手にしている。

 

「あのぅ。P子ちゃんは、お師匠さんと仕合いたいそうです」

 月紬つむぎがすまなそうに言った。

 

 死に体のままの咲花エミカは、目を丸くした。

 それから、小刀から指を外すと体を立て直す。

 

 P子は咲花エミカに再びペコリとお辞儀をする。

 小刀を左手に持ち替えつつ、トテトテとチルダン師の方に歩いていく。


 その後姿に向け、咲花エミカはため息をつく。

 そして、呟いた。

「あの小刀じゃぁ……。あたしには無理だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る