叡智學院3年2組 栄作(高砂)心春 ✧ 大和45年2月、3月

第10話 竹斬物語

 千田ちだチルダン師が立てた一本の竹筒の前。

 

 心春きよはるは立ち膝となる。

 彼の腰には、左右それぞれの二刀。


 身長も体重も中3男子の平均以下だろう。

 が、修めた居合の型は、二刀の玄虎流。


 二刀の構えには、両の手の握力が求められる。 

 師のチルダン氏が、軽量な強化セラミック刀を用意したが故に成り立つ二刀の構えなのだという。


 斜め左前には、安生やすよりの内偵対象、中等部3年の面々の制服姿。

 1名を除き、心春きよはるの2組の同級生達。

 最前列の咲花エミカは彼の幼馴染とのこと。

 そして、剣術家、千田ちだチルダンの一人娘である。

 ひとり不敵にニヤけ顔を浮かべている。


 心春きよはるは目を瞑り雑念をはらう。

 刀と右手がに触れると共に始まるべき居合の所作しょさが、脳裡をひとまずはしる。

 静かに息を吸った。

 直後、彼の身体は、脳裡のうりはしった通りの所作しょさで二刀を操った。

 右左右の3つの斬り。

 残心を決め、彼は二刀のそれぞれを鞘に納めた。

 その間に、竹筒は4つに割れた。


「「おおっ」」 クラスメイトたちががどよめく。


「キヨハル君、極めましたようダネ」

 チルダン師が心春きよはるを褒めた。

 

 安生やすよりも手を叩いて、称える。


 ✧

 

 千間台の彩之国サイナー叡智學院に講師として赴任して、半月ほど。

 猿神P子の後援者となってくれた學院長の許可の下、安生やすよりは學院内の内偵を進めている。


 今日は学年末の演舞会の担当者として、3年2組の演武の様を見学させてもらっている。

 眼前は、栄作心春きよはる君、15歳。

 金星姫は、彼が最重要の内偵対象と告げたのだという。

 

 身長156cmと、小柄で撫で肩の心春きよはる君。

 男子としては、どうしても頼りなさげ。

 最重要の内偵対象としてはいかがなものか。

 

 普段は下ろしている長めの前髪を今は鉢巻で上げている。

 斬ったばかりの竹筒を集める彼の額と顔は愛らしい。

 

 見目麗しい心春きよはる君に一目惚れ……してはもちろんいけない。

 

 思わず、大學の試験で覚えた条文を安生やすよりは念仏のように唱えてみる。


 帝國刑法第三八条二項。

 刑法罪本重カル可クシテ、犯ストキ知ラサル者ハ其重キニ従テ処断スルコトヲ得ス。


 今風に意訳するならば、次のあたりか。

 それと知ること能わずに重い罪を犯した者には、その重い罪を課してはならない(別の罪を化すことは別論)。

 

 本当に彼は帝國男子なのだろうか?

 同性愛が重罪の国があったとして、悪漢が心春きよはる君を男子と知らずにいかがわしいことをしてしまった場合、悪漢を同性愛罪で追求することは難しいだろう。


 いや、我が帝國では、むろん婦女暴行罪の方が重罪なのだが。

 

 そんなくだらないことを考えなければならないほどに。

 心春きよはる君の愛らしく真剣な表情に、安生やすよりは惹かれつつあった。

 五高生の時分に、安生やすよりは、妹の靖子を新型結核で亡くしていた。

 心せずして、彼を在りしの靖子に重ねているのかもしれない。

 

 ✧

 

 眼前。

 根から切り離され、彼の足首よりも太い竹筒が3つ転がっている。

 

 竹筒を実際に二刀で四断できた。

 心春きよはるは、その手応えにたかぶりを覚えていた。

 この半年ほど、玄虎流の所作しょさを順々に圧縮學習コンプレッシングし、脳裡のうりに埋め込んできた成果である。

 たかぶりの波が引いた。

 刹那、二刀三斬の手応えに、既視感デジャヴを覚えた。


 圧縮學習コンプレッシングを繰り返した故の既視感デジャヴ


  ✧

 

 古流の居合がいかに凄かろうと、安生やすよりが追う、大和の大天災の回避にはつながらないとは思う。

 

 それでも、心春きよはる君の居合は見事と思った。

 これが、米帝ご自慢の圧縮學習機コンプレッシンガーによる修行の威力か。


 隔秘の神宮姫、冰翠ひすい様も、圧縮學習コンプレッシング経験者とのこと。


  ✧


 ともあれ、心春きよはる君の居合は、本番でも通用するだろう。

 本番とは、彼らが通う彩の国サイナー叡智學院の年度修了式での演舞会のこと。

 来週末の開催で、ここにいる皆が出演をする。

 今日はチルダン師の道場を借りての本番前のリハーサル。

 

 皆には頑張って欲しいと、担当の新米教員として、安生やすよりは思う。

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