第9話 小春日和 銀座の優男
小春日和の2月末。所は銀座のカフェ。
軟派な男がカンカン娘に声を掛けることもありそうなシチュエーション。
「すみません、僕の映画に出てくれませんか?」
ほっそりとした
どこかのパーティー帰りの文化人気取りといった風。
夏目をまっすぐに見つめてのフランス風の軟派は、らしいと言えばそれらしい。
当初は戸惑っていた三人娘だったが、
銀幕スターの写真が散りばめれた企画書「カラクムル」をすっと取り出し、映画のシナリオを話し出す。
そのうちに、
私は希美、とまずは名乗る。
「この子は夏目って言うんだけど、夏目は四月から医大生になるのよ」
と、
私の友人、夏目は安くはないのよ、と。
それはそれは、と、大仰に驚いてみせた
なぜならば、と手にした脚本「カラクムルのヴィーナス」のクライマックスシーンについての説明を始める。
時は第一次世界大戦前の20世紀初頭。
所はメキシコ カンペチェ州。
フランスの學者達が南米テンペールの日系陰陽師の助けを借り、廃都カラクムル近隣のマヤ文明を調査している。
前半の慣れない熱帯での調査チームの奮闘のくだりについては、ペラリペラリと企画書をめくり、現地の調査写真を見せながら軽く流す。
フランス語とテンペール語で手書きで描かれた写真のメモを、美學者志望の
その視線が一点を見つめた時、
「
となるべく流暢なフランス語で、マヤ暦と呟く。
熊本五高のバンカラ學生時代、
語學女子の
それに、この企画書は本物だ。
脚本家は若手の実力派、製作予定の映画会社は最大手。
夏目が乗ってきたら、銀幕デビューをさせる準備も
予算も潤沢。ただ、
いわゆる官悦モノの映画だ。
政策目的に合致する映画を官房予算で民間に作らせる官悦モノ。
検閲が流行らない大和のご時世。
映画会社各社はお上の予算で庶民を悦ばす官悦モノには乗り気である。
本企画で官提された
地球と金星との会合周期を採用した、古代のマヤ暦。
どうやらカラクムルの遺跡群は、古の神官達が偏執狂的に金星観測を続け、約243年間の五会合周期を掴みつつあったことを示している。そのことを調査チームは掴む。
淡々と進む映画のクライマックスシーンは金星食の日。調査チームの前に金星の女神ヴィーナスが現れる。
「ヴィーナス、ねぇ」
あまりにもスラスラと話す
ここで
「はい。どうやら私には夏目さんの真の美しさが見えてしまったようなのです」
自身が
実際、陰陽庁の
ただ、夏目の隠形を僅かなりとも破ることはできてはいないが。
仮に夏目が映画のヴィーナス役を買って出たのならば、腕利きの
もっとも、その前に、ハトコの
そこからは、続きは伯爵家主催のパーティで話しませんかと夏目を誘った。
希美が嘘はついてはいけないわよとばかりに、夏目は雪乃上侯爵家の一統と言った時、
そして、夏目だけに分かる、もう一つのとっておきの言葉を発する。
「そうですか。ならば夏目さんは、雪乃上家の隠し姫ですね。まるで勘解由小路家の隠し姫のように」
隠し姫との言葉を
当の夏目。
その視線を下に避けると、
「いや、勘解由小路家と雪乃上家の隠し姫、でしたね」
夏目の眼差しが驚愕に固まった。
だが、隣の店のエルフ達は隠し姫の言葉に敏感に反応した。
おそらくは夏目の護衛のため、キアステン捜査官が遣わした配下の腕利きなのだろう。
銀座観光の西洋人にしか見えない見事な隠形だった。
今日の銀座では、特警と陰陽庁の腕利きからなる30人規模の合同チームが夏目の周囲を探っていた。エルフ達に陰陽庁からのメッセージが伝わったことを確認できたのはチームプレイの成果である。
✧
内閣官房の官悦モノ予算に、内務省上層部の隔秘予算。
緊縮財政のご時世に潤沢な予算をつぎ込んでの本日の茶番劇は、大日本帝國からエルフ属への協力要請のために仕込まれた。
帝國からエルフ達に伝えられた情報は全て本物。
今日の計画は、雪乃上夏目がハトコの
夏目と
そう、その日。
夏目は幼い
雪乃上由貴。勘解由小路の隠し姫。
今の彼女は、金星姫
そして、白無垢の女はルサンカのかつての化體。
……雪乃上家もエルフ属も知り得ない事実がそこにはある。
川越に在った皇紀2600年の勘解由小路邸。
邸内のただ一人の陰陽者を射抜くがために地中から発せられた熱光は、その余波で関東一円に100万人以上の死者をもたらした。
いわゆる昭和の大天災。
英米を鬼畜とそしり大東亜の戦いの準備を進めていた時の政権は、瓦解した。
243年ぶりに日面経過した金星食の日だった。
同年に、金星を襲った大隕石が観測されたことにより、昭和の大天災は、超高速で落下した隕石の被害と考えられるようになった。
大隕石により金星の軌道は変化した。
再来年、より地球に近い位置での金星食が起きる。
金星姫は、その時の近未来の惨劇を
そして、その8年後は、日面経過の真の金星食が起きる。
金星姫の可能世界の
150年余の昔、昭和の大天災の後に起こり得た
しかし、今のルサンカに往時の力はない。
敵は地殻マントルの奥深くに在り。
人類最大の兵器、水素爆弾は全く通用しない。
また、ロケットで金星に有効な兵力を送ることもかなわない。
金星姫が導いた、友国テンペールの猿神P子は超常の力で今のルサンカを助けるだろう。
おそらく、それでも足りない。
150年前に惨劇を経験したからこそ辿り着けた、この近未来の厄災の予想図を世界に知らしめるほどの国際社会の信頼を、遺憾ながら今の帝國政府は得られていない。
ただ、原生種属で唯一金星暦を採用しているエルフ属は何かを
帝國の陰陽師が及びもつかない大魔導士を抱えるというエルフ属の協力を得られたならば、来たるべき
それが、
独立独歩を行くエルフ属の協力を得ることは容易ではなかろうが。
✧
夏目たちと別れ、新橋まで歩きほっと一息ついた
「随分と夏目さんに熱視線を送っていたじゃない」
例の恋人芝居で
氣を使いすぎ頭の疲れが溜まっている
ともあれ、
……やりすぎとは感じるが。
これ以上ない強いメッセージを受け、キアステン捜査官は何らかの動きを見せることだろう。
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