閑話『AQ革命時代の温故知新 中等學校之部』③
10枚目。
埼多摩県藝術コンテスト『AQ革命時代の温故知新』のタイトル。
中等學校之部上皇鴨場展示会場 受賞者一覧。
■ 立体造形の部 金賞 『稲田姫之美琴』
作・叡智學部古典藝術専攻科チーム、 代表・燕昇司雅臣(5年)
■ 油絵の部 銀賞 『午睡の陰影』
作・附設越谷実業學校芸文科 雪乃上悠宇(3年)
■ デザイン画の部 銅賞 『Jerarquía de la Cuántica』
作・叡智學部現代藝術専攻科 德田・ミランダ・裕香(4年)
油絵銀賞の画は、俺のものだ。
あえて言うことではないので黙っていたが、ご婦人から
「あなたも油絵を発表なさったの?」
と話を振られる。
「はい、こちらの画となります」
と俺は入室してから一度も目を向けていなかった方を向き、絵を手で示した。
「あらら。やっぱりこの絵を描いた方なのね。姪が4月から藝術専攻科で油絵を描くことになったのだけれど、同學年でもうコンテストで賞を得た方がいるというので喜んでましたのよ。すごいわね」
ご婦人は本当に感心しているのよ、という風に俺を見る。
俺は恥ずかしさが勝る。
元々、自身の興味で描いていた絵をコンテスト向けにアレンジした絵だ。
アレンジといっても稚拙なもの。
旧家の床の間を描いていたところに、壁面の部分の塗り方を多少変え、透かし画風に量子もつれが見えるようにしたのだ。
もちろん、量子もつれなど理解しているわけもなく、コンテストの参考資料にあったメビウスの輪のような量子もつれを真似しただけだ。
時間をかけたこともあってか提出した時に描き上げた高揚を覚えていた。
が、一月半も経った今では、稚拙な狙いの恥ずかしさが勝る。
「肝心の白無垢は描けてないのですが……」
「ご謙遜なさらずに。ええと、
ご婦人が笑みを深めながら言う。
「はい。ただ私の家は、分家の分家でして」
おそらくは野田の
元の
が、その翌々年に劣悪思想者として強制移民となった
「あら、そう。でもこちらは、野田の御本家の応接の間なのではなくて」
ご婦人は、
分家のくだりは軽く流されてしまい、本家の応接間と見抜かれてしまった。
この絵は大叔母の葬儀で、母に連れられ雪乃上本家を訪ねた時のもの。
「はい。5年ほど前に本家で目にした床の間を描いたものでして」
「あら。そんな前に見たものなの。ますます感心するわ。私は一目見て、あぁ、これはあのお部屋の、と分かったもの」
絵の中央の白黒地に視線を向け、ご婦人は言った。
「……はい、
めまいを覚えながら、俺は
そう。葬儀の前に叔母に家の中を案内してもらっていた、あの時に。
あの部屋で見た白無垢姿の白黒写真を、俺は細部まで生涯忘れることはない。
目を奪われたもの、強く気になったものを、時には、ふと目にしただけのものも、ひとたび、
ひと度、刻みこまれた光景は、永久に脳裡に残り、いつでも思い浮かべることができる。それが
そして、最も違和感ある光景。
その写真を目にした時の俺は、白無垢の花嫁を立体的な彫像のように見たのだ。
とても、身近な人のように。
以来、刻み込まれた光景とあの時に見えた彫像との違和が、俺の中にある。
が、確かに見たはずの彫像を、俺は目に浮かべることはできない。
1年ほど前にこの絵を描き始めた時、白無垢の花嫁の彫像を描きたいと思っていた。その思いは叶わなかった。幾重にも重ね塗りをしたこの絵には、中央に小さな塗り残しが残った。それが影絵のように、白無垢姿の花嫁を表わすことになった。
……そんなことを考えながら、ご婦人と話を続けていたらしい。
数分の後、俺の手には受け取った1枚の名刺が残されていた。
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