第7話 女學生仲間の卒業洋行② 裸体画

 腐突フツツカモノの沙織さおりは、展示会場をひと回りした後になお意気盛んに二週目に向かった。


 待つ間、夏目と希美のぞみは美術館併設のバルに入る。


 一昨日までローマの温和な気候とうって変わり雪がちらつくミラノではあったが、旅の終わりだからとジェラートをオーダーした。

 ソファ席に並んで座んだ二人。

 話のタネにと買った男同志女同志ゲイ・エ・レズピカ展のパンフレットをめくる。


「やっぱ裸体画が多かったね」と笑う希美のぞみ

 夏目はふと自身の秘め事を口にする。

「裸体画といったら。実は私もね。今、裸体画を描いてもらっているの」


 最後のジェラートを少し気怠げに口にしていた希美のぞみだったが、なにそれと目を輝かせる。

 

「ついつい……ね」

 頬をぽりっといてから、夏目は、絵描き志望のハトコに自身の勉強部屋を貸し出すこととなった顛末を話し出す。


 3人の卒業旅行がイタリア洋行となった夏目の合格祝賀パーティの話から始まった。パーティのくだりの概ねは聞いていた希美のぞみだったが、時に合いの手を入れうんうん頷きながら先を促す。


 華族様が開くパーティは、やはり気になるし。

 

 *----*----*----*

 

 女子医専への飛び級編入のことを、母が親戚に話して回っていたのよね。

 何人か顔が思い浮かぶ親戚はいるから、少しは合格祝いをもらえるかな、くらいは期待してたわ。


 けれど、母の実家のその先の……本家にまでいつの間にか話が届いて、親族のほまれを祝う会をしましょうか、ってなったのよ。

 家のほまれなんて、いかにもでしょ。


 そう、本家は雪乃上ゆきのかみ家ね。

 第二位の方の侯爵家の。


 家長の貴族院の議員バッチが一番のほまれ、みたいな人が未だに多いらしいのよね。それが貴族院の閉院が来年4月と決まってから、何か家に目出度めでたい話はないかって本家の方の誰彼が探してたのよ、っていうのが母が聞きつけてきた裏話。

 

 それで合格祝賀パーティーは雪下会館で開催とあいなって……希美のぞみは私の屋根裏部屋に遊びにきた時に窓から見たでしょ。


 そう、東京湾の方の窓から見える、白壁の会館であってるわ。

 開催日は来週から師走しわすっていう日曜日。

 内々のパーティ、ということなんだけれども、雪乃上ゆきのかみ家が御所用地内での開催だからね。

 本家から応援のお手伝いさんが何人もいらして……みな、洋館向けのメイド姿よ。

 いつの間にか母はすっかり乗せられてて……私はふさわしい格好を、って聞かないのよ。おかげで、当日はパーティードレス姿よ。帝都へのお出かけって時でもデニムスカートを穿くくらいの、私なのにね。


 まぁ、きちんと採寸してもらったドレスだし、似合ってはいたかな、たぶん。

 ……写真? もちろんもう仕上がってるわよ。

 でも、派手目な額縁に入れられてて恥ずかしいから、クラスにはもっていけないな。

 ……お見合い写真には見えないわよ。祝、帝都女子医學専門大學校 甲種合格って入ってるし。

 

 始まるまでは、母と一緒に本家筋のおじさまおばさまたちと並んで、招待客のお出迎えよ。

 いらっしゃったのは、マダムと子供たちっていう参加者が一番多かったわね。

 男女比だと3、7、あたりね。


 おそらく、本家の長男が一高から東大法科に、的な、いかにも雪乃上ゆきのかみ家の誉れの話とは、女子医専って、ちょっと違うから。


 本家の貴族院議員、雪乃上ゆきのかみ侯爵はいらっしゃらなかったわ。

 私は分家の分家で、侯爵のお顔も写真でしか知らないわよ。


 気さくな方とは聞いてるけどね。

 

 *----*----*----*


 聞き上手の希美のぞみへの話はここまでにした。


 パーティの歓談でお祝いをくださる方々に笑顔を振りまき続けているうちに、卒業旅行の洋行向けのチケットを三人分受け取ることになったあたりのくだりは、希美のぞみたちに十分説明済。

 

 見知った仲の年若い叔母が、帝都青山の資産家に嫁いでいた。

 彼女は、才色兼備な女史に一度ご挨拶をという青山の親族を引き連れ、夏目に祝いの声がけをしてきた。


 その中の帝國資本の航空会社の重役という方が今回の卒業旅行のスポンサーを引き受けてくれて、3人分の壱等客席ファーストクラスを気前よくプレゼントしてくれたのだった……正月休みの少し前から正月休み明けの後、と多忙な帝都民が羽田や成田浜からの洋行にはあまり利用しないお日取りではあるらしいが……もちろん、ありがたいこと。

 


 ハトコの悠宇ゆうに話が及びそうな頃から、夏目は言いよどむようになった。


 が、希美のぞみは本丸の裸体画のくだりを聞くのを急がない。


 何しろ、今宵はたっぷりと時間がある。

 これからミラノ空港へと向かい、空港を飛び立った機がバンコクに着くまでに半日。そこで1日にストップオーバーを経て、成田浜空港へと帰國するまでにさらに1日ある。


 話のタネはいくらあってもよい。


 ちょうど、男同志女同志ゲイ・エ・レズピカ展の二周目を終えた沙織さおりが戻ってきた。

 独り盛り上がっている沙織さおりが話の主導権を握った。


 そして話は脱線し、続きはミラノ空港でね、となった。

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