第4話 女饗師 雪乃上夏目

 廊下では、友永はの芝居じみた仕草を控えた。

 ホッとしつつ、安吾は、背をスッと伸ばし闊歩かっぽする友永に続く。


 向かった先は、記録映像室。


 室では再び友永が教師役に立つ。


「さて、安生やすよりさん。ここからは手短に記録写真と共に、今回の内偵対象の説明をするわね」


 二人きりとなるや、なお恋人芝居を続けるようだ。


「先ほど、御燈ごとう課長が仰っしゃった通り、金星姫の宿主マスターの警護は陸軍にお任せ。特警は、そもそも宿主マスターの所在も掴まない。代わりに、安生やすよりさんが、宿主マスターのお友達に近づき、聞氣ききを駆使して不穏な動きがないかを探る、と」


 なるほど、陰陽庁おんみょうちょうの術科官に相応しい役割。


 ついに聞氣きき猿としての、並目なのめならぬ聴力を活かす時なのだな。

 

 熊本での聞氣きき修行の日々が脳裡に浮かんだ安吾の肩に、スッと腕が廻る。

 友永の細い指が、安吾の胸元をトントンと叩く。

 

安生やすよりさん、沙耶華さやかはとっても気にしているのよ。プレイボーイの安生やすよりさんが、若い女の子の話に聞き耳を立てることになるんだから……」


 雪乃上夏目。確かに彼女には謎めいた美しさがある。

 ……そう思った安吾は、誰のことだ、とギョッとする。

 

安生やすよりさん。やっぱり夏目さんのことが気になっているのね」


 腕を組んだ沙耶華さやかが、プンスカとした表情を浮かべている。

 ……その顔を見つつ、安吾はようやくに思い至る。

沙耶華さやかさん、謂亥いい猿なのですね?」

 

 沙耶華さやかの目元が緩む。

「ご明察。わたしは洗脳も逆洗脳もこなせる謂亥いい猿よ。隔秘の任に就く安生やすよりさんには精神攻撃の危険がありますの。そんな時も、一番の女は誰なのかをわたしが謂亥いいあんばいに思い出させてあげるわ」


 なるほど。


 この恋人芝居の意味を、安吾はようやくに理解できた。

 

 ✧


 沙耶華さやか電界紙エレクトリパペルのバックライトを点灯させる。


 立派な庭を持つ大邸宅の写真が映し出される。


 続いて、入り口に高級車がずらりと並ぶ写真。

「これらは、佐藤さんが観氣かんきで秘密裡に写し出してくれた記録写真ね」 

 

 佐藤は陰陽庁の陰陽師。安吾の3期上の先輩だ。

 

 和服姿の若い女性が映し出される。奥ゆかしい美人だ。

「こちらは雪乃上ゆきのかみ侯爵本家の御令嬢……の、隠形」


 隠形の陰陽?


 観猿みざるの域に達している佐藤先輩の観氣かんきに対し?

 思わず、安吾は友永の方を見やる。


「まぁ、安生やすよりさん、焦らないで。続きを聞いて、ね」


 続いて長身で長い黒髪のキリリとした女性の写真。

 長大な白い包みを手にしている。

「彼女は御令嬢のボディガードのルサンカさん」

 言いしれない迫力がある。

 

「この後、この公爵家で公警の大捕物が始まるのだけれど、所轄違いということで、そちらはまたの機会にね」

 

 ✧


 電界紙エレクトリパペルが、制服姿の女學生を映し出す。


「千葉の一女の制服よ」


 一女こと、千葉市の第一高等女學校。トップクラスの名門高女だ。


 しばし写真を見つめた安吾は尋ねる。

「もしかして、先ほどの雪乃上ゆきのかみの御令嬢ですか?」


「そう、雪乃上ゆきのかみ家のお嬢さん。ただ、来月に一女を卒業予定の雪乃上夏目さん。分家筋、ね」


 写真が夏目の顔の大写しに切り替わる。少し耳が尖っている。

「彼女に、獲瑠麩エルフの血が入っているのはお分かりね」


 次の写真は、獲瑠麩エルフ女史の一団だった。


「真ん中がシスポリのキアステン魔薬捜査官、ハイエルフ。周りのエルフが護衛の魔法師団ね」


 通称インターポールS、国際特別刑事警察機構。通称もなお長いので、英語名Specialized International Criminal Police Organizationの略称SICPOをもじってシスポリと呼ばれる。条約により、帝國内で魔薬犯捜査に携わる権限を持つ。

 魔薬は永らく欧州を中心に出回ってきた。魔薬犯捜査の経験が乏しい帝國警察は、当面、シスポリの助力を必要としている。


「夏目さんはキアステン捜査官の姪にあたっていて。クオーターエルフなのだけれども、実際には隔世遺伝で、獲瑠麩エルフの血が相当濃いらしいの。裏は取れてないけれども。それを気取らせない隠形ということね」


 ✧


 続く沙耶華さやかの話を聞き、夏目が厄介な内偵対象であると安吾は理解した。

 

 観猿みざる観氣かんきでも見抜き難い隠形。

 加えて、陰陽師に馴染みの少ないエルフの魔導使いと目される。

 

 周囲には、条約による不逮捕特権を持つエルフの魔法師団。

 さらには軍が魔人の域と見做すボディーガードのルサンカ。


 その夏目を、金星姫の宿主マスターはお気に入りらしい。

 金星姫の未来視みらいしの宣託は、夏目を通じ、まずはシスポリのに持ち込まれる公算が大とのこと。


 事実、夏目自身がルサンカを伴い乗り越んだ公爵家の捕物も、シスポリから公警へと打診があった未来視みらいしの宣託に基づくとのこと。

 

 夏目を通じ流れる未来視みらいしの宣託を知ることが、一つの内偵目標となる。

 勘ぐれば、宣託の恩恵が特警ではなく公警にもたらされるようなことを事前に知りたいということか。

 

 ✧


 沙耶華さやかは続ける。

「夏目さんは、4月から女子医専に飛び級で進むのだけれど、同時に文武省の文化魔導饗師になるらしいの。準公務員。おそらくはキアステン捜査官の差し金ね」


「夏目さんのような可愛い子が外国公館に饗師きょうしとして出向いたら、さぞかしおオモテになるでしょうね。その上に帝國厳秘の未来視みらいしの宣託がついてくる。今回の安生やすよりさんの内偵任務を上が大急ぎで決めた理由よね」


 安吾は納得の頷きを返す。

 

「一女卒の女饗師おんなきょうしの夏目さん。素敵よね。でも私も仙臺せんだいの二女高卒なの。それに、今日の姿は女教師おんなきょうしよね。女饗師おんなきょうし女教師おんなきょうし。勝手にライバル宣言しておくわ」


 謂亥いい猿の言なのか、脱線気味なことを話す沙耶華さやか

 確かに、高めのヒールにスーツ姿は女學校の先生といった風ではあるが。

 

「夏目さんかその取り巻きに、安生やすよりさんがメロメロに洗脳されるようなことがあったら、私が逆洗脳してあげるわ」

 そう言うと、沙耶華さやかは安吾改め安生やすよりを地下の公用車乗り場へと案内する。

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