第5話 帝都高速にて狭山へと

 公用車乗り場には、古典的な黒塗りのハイヤーが待っていた。

 その脇に極めて大柄な女が仁王立ち。


 いや……踵を揃えた直立なのだが、遠目には仁王の風。

 身長六尺超え、2メートルに迫る。

 二本の警棒が背に携えた様を、野武士のように思う者もいよう。


 幼少の頃、祖父に面通しされた金峰山の大天鬼を、安吾は思い起こしてしまう。


 近づくと大女が一礼をし、挨拶をする。

安生やすより様、お待ちしておりました。貴君と任を共にするゲルツェナです」


「勘解由小路安生やすよりです。ゲルツェナ様、はじめまして」


 安生やすよりとなり始めての挨拶と返礼をした。

 

「ここから先の任では、ゲルツェナ殿に案内役をお願いしています」 

 一歩後ろに立った沙耶華さやかが壱課係長の声音で言い、一礼をした。

 

 ✧

 

 安生やすよりとゲルツェナを乗せた公用車は、狭山の勘解由小路邸へと向かう。


 帝都高速を公用車レーンでひた走る。

 埼多摩さいたま県に入るまでは十分ほど。


 後部座席に並び座ると、ゲルツェナの体躯の圧をどうしても覚えてしまう。

 ただ、ゲルツェナは柔らかい人柄だった。

 

「ゲルツェナ殿は、天鬼てんき属の血を引いておりますか」

 そう訪ねてみると、

「よく分かりましたなぁ。手前の祖父は天鬼でしてな」

 と答え、快活に笑う。

 

 代々が樺太土矮麩ドワフの家系。

 一統の中でも最豪傑と言われた祖母が、天狗の里として名高い飛騨高山を訪れた際に天鬼の美男子を押し倒し、ゲルツェナの父が生まれたのだという。

 さぞかし豪快な祖母殿であろう。

 ゲルツェナの整った顔立ちは、天鬼の美貌の遺伝か。


 一目見て思った通り、ゲルツェナは武官だった。

 所属を尋ねると、手前は陸軍の特務大尉、とすぐに答えが返ってきた。

 真の身分かどうかは定かでないが、金星姫の宿主マスターの警護に必要とされる時には、野田の陸軍大隊を出動させるとの言は確かなものと感じられた。

 

 所沢の県庁を越え狭山インターを降りる頃には、二人の関係は定まっていた。

 

 安生やすよりは、ゲルツェナ、と呼び捨てる。

 ゲルツェナは、安生やすより様と呼び、臣下の礼をなす。

 

 任の上で子爵家の者となるにすぎない安生やすよりは抵抗を覚えたが、見做し不敬罪適用の余地を持たせるためとゲルツェナに言われ、納得した。

 

 ✧

 

 高速を降りて一般道に入ると、ゲルツェナは「今日は良いお天気ですから」と車窓を開ける。ここからは会話を控えます、との意だろう。


 実際、安生やすよりは気持ちの整理を必要としていた。

 この数刻に、ずいぶん多くの事を詰め込まれた。


 緑が増す沿道を見ながら、安生やすよりはまずは直近の会話を振り返る。


 勘解由小路かでのこうじ子爵の名代、安生やすより。形式上の任は、現神宮あらかみのみやたる金星姫の意を政事まつりごととして必要な筋に伝える役。

 現神宮あらかみのみやの意を示す安生やすよりをゲルツェナは警護する。

 かかる敬意関係が広く知られると、神宮不敬の罪を拡張適用する余地が生まれる。

 特に、金星姫と宿主マスターが神託を示す、現神宮あらかみのみやと広く知られるに至った後は。


 何しろ、五属共栄(もしくは萬属共栄)と民本主義の理念の下、大日本帝国憲法が改正されるご時世においても、大勢の命が犠牲となるテロルは起きてしまっている。人属とエルフ、ドワーフを始めとする亜人属との関係は、常に良好なわけではない。


 悪質で卑怯なテロリストは、しばしば洗脳の魔を使う。

 そして、自身に足がつかぬよう、洗脳された者達を扇動し、國體こくたいを乱す騒乱を引き起こしたりする。


 米帝の圧により治安維持法が廃法とされて以降、帝國刑法第七四条の神宮不敬罪の拡張適用をちらつかせることは、世間に影響ある要人の警護の任を円滑にこなすための常套手段となっていた。


 一典型が伊勢神宮関係者にも犠牲者が出た、伊勢湾ギヤング団の連続放火強盗事件に対する特警捜査。地元警察によりギヤング団の構成員は次々と逮捕されていったが、犯行に至る金銭・怨恨等の動機に乏しい者ばかり。背後に洗脳テロリスト集団を疑った特警は神宮不敬罪での別件逮捕を敢行。

 結果、与太者のゴブリンシャーマンを客人洗脳者として取り込んでいた極左テロリスト集団の一斉検挙に結びついた。ただその時には、事件の死者不明者は百名を越えていた。

 

 神宮不敬罪の拡張適用の委細を、安生やすよりは特警の研修で知った。


 自身がその任を負うことに複雑な思いを感じる。


 かねてより、天皇陛下及び皇族を本来の客体とする不敬罪が神宮と皇陵にも適用されること自体を問題視する刑法学者は存在する。加えて、新派刑法学の権威である京都帝大の須藤教授を中心に、第七四条自体を廃止すべきとの主張もあった。

 しかし、その学説自体が不敬に当たるとして、須藤教授に懲役刑が課されて以降、不敬罪の廃止を唱える学説が主流となることはない。


 数年前まで文科の学生であった安生やすよりは、異端とする学説に刑罰を課すことにはやはり抵抗を覚える。


 しかし、特警の一員として、大規模テロルへの抑止のために神宮不敬罪はなお必要とされる場面もあると理解はしている。

 

 ✧


 大きな門の前で、安生やすよりたちを乗せた車が停車した。

 勘解由小路邸に到着したようだ。

 

(内偵先ではあまり大きな事件が起こらないでほしいものだな)


 安生やすよりは沈思から出る。

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