【零】叡智學院内偵への着任 ✧ 大和45年2月

第1話 内務省別館 特警研修室①

 翌朝、安吾は霞が関へと向かった。

 案内を受け、内務省別館の特警研修室に入る。

 昼までは、担当官の友永女史よりの任務についての説明とのこと。


 曰く。

 これからの任において、安吾は勘解由小路かでのこうじ子爵家の一統となる。

 名は、安生やすより

 父は分家の家長、安長やすなが。その四男として登記されているとのこと。

 女史より勘解由小路かでのこうじ安生やすよりと記された職員証を手渡される。


 反射的に背筋を伸ばしながらも、安吾の頬が軽く苦笑で歪む。

「どうした、勘解由小路かでのこうじ家に不満でも?女系だからか?」

 器用に同じほどの苦笑を返しつつ、友永女史はっしゃった。


「いえ、滅相もないことでございます」 

 つい修身の授業でそらんじたような丁寧語で安吾は答えてしまう。


 安吾は平民の出の術科官。

 華族の家格に何事かを言う事など、もとよりあり得ない。


 承知の上で、勘解由小路かでのこうじ家に女系と軽口を叩いた友永指導官は爵位の真名まなを持つのかもしれない。


 ✧


「安吾君、改め、安生やすより殿の住まいだけどね」

 ここで友永女史は、はじめて悪戯っぽく笑う。

「華族家の独身貴族らしく、六本木の上層ハイヤーとなった」


「やめてくださいよ」

 安吾は悲鳴に近い声を返した。

 

「しかも、東武マグレブ線直通の壱等いっとう車の定期券付きだ。六本木駅から學院のある千間台駅まではマグレブで35分。壱等いっとう車から颯爽と降りる様はプレイボーイにピッタリだな」


 淡々と言いつのった友永女史が笑みを深める。

 安吾は自身に選択肢はないと悟った。


「さらに、だ。通勤には美人の秘書もつけてやる。彼女には修身の教員として學院に赴任してもらうがな。勘解由小路家の高等遊民殿ともなると、お目付け役の1人くらいついていてもおかしくはないからな。マグレブの壱等いっとう車の個室に二人で乗り込んでもらうから車内でフレンチ・キスくらいはしてもいいぞ」


 どうやら修身の講義ができる美人秘書さんとやらが内偵の相棒となるらしい。

 もはや諦めの境地となった安吾は、友永女史の楽しげな軽口が終わるのを待つ。


 ✧

 

 その後、友永女史は勘解由小路家の基礎知識について話してくれた。


 勘解由小路家は、土御門家、神宮司家と並び、陰陽術を得手とする華族の御三家として知られる。

 一介の陰陽術科官である安吾にも、そのくらいのことは分かっていた。

 ただ、勘解由小路家と土御門家とが互いに親戚関係にある一方で、両家と神宮司家との間が今なお疎遠であるとは知らなかった。

 

 陰陽庁おんみょうちょうには、土御門長官をはじめ御三家の者が幾人も在籍している。だが、入庁後1年で特警へと出向となった平民術科官の安吾には御三家の事情を聞く機会はほとんどなかった。


 勘解由小路家の直系には女性が多いなどの話も改めて聞くと参考となった。

 何しろ任務の上でとはいえ、雲の上の存在であった勘解由小路家の一員に明日からなるのだから、なるべく多くの知識を持っておいた方が良い。

 

 ✧

 

 友永女史が壁時計を見た。


「さて、ここからは警察の内部事情の話だ。警察採用ではない安吾君は警察事情にあまり詳しくないだろうから基本的なところから話そう」


 一拍の間を置いて友永女史は続ける。

「話の途中で壱課いっかの課長、それに君のところの土御門長官がいらっしゃることになるだろう」


 所属長である壱課いっか課長に加え、出向元からは陰陽庁長官が。

 やはり厳秘・隔秘に属する任務なのだなと、安吾は改めて身を引き締める。

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