冰翠 Å 貴族院が終わる日のトランスフェレーシャ
十夜永ソフィア零
序 大森海岸の雑居ビルヂング
大森海岸の雑居ビルヂング「マルタ」の3階の小さな建設事務所の一室。
ラヂオからは今風の若者が好みそうな
作業服を着た安吾は古ぼけたすりガラスの窓をガラリと明けた。
そして伸びをして、空を見上げる。
事務所の親方といった風のヤマが、窓からヤミ
「他界といやぁ、ホトケさんのいらっしゃるところだろうがよぉ」
「そうっすよね。他界と多界ってのは、イントネーションも近いですし」
少し控えめな声音で安吾がそう返すと、
「はっ。いんとねーしょんと来たか。まったく學士様は違うなぁ。
と、ヤマは呆れ声でぼやく。
一息吸うと、安吾の方を見ようともしないままに続ける。
「……ともあれ、先程、多界の
貴様は、
✧
ヤマと安吾は、
ベテランのヤマが安吾を指導する。
秋田の山寒村に生まれたヤマは生粋の叩き上げ。
当時は、プロレタリア暴力革命を是とするアカの共産ギャング活動が、
次いで刑事を任されるようになってからは、共産ギャング捜査の最前線に立った。
プロレタリア運動が下火となってきた近年に、特警へと転属される。
今なおアカへの警戒も怠らないヤマは、近頃、捜査に導入された
安吾は、いわゆるキャリア組インテリゲンチャの九州男児。
熊本の帝大を出る年に國家公務員甲種に合格。超常の聴力を持つ
入庁後1年ほどで、
新たな国家安寧の脅威である、宗教カルトによるテロルへの対処に、安吾の陰陽術科の役立つことが期待されていた。
出向後、安吾はベテラン捜査員のヤマの下に入った。
親と子ほどに年の離れた二人だったが、相性は悪くない模様。
警察組織に縁のなかった安吾には、ヤマの刑事としての経験と直感は大いに勉強となっていた。ヤマの方は、あと数年で定年という時にインテリ若造を押し付けられたなどとこぼしつつも、安吾への現場捜査のイロハの伝授に力を入れている。
✧
ヤマは続ける。
「 明日は朝から内務省の別館に行け。服装はスーツ姿。入り口では、俺に命じられて特警研修を受けに来たと言え」
それからタバコを取り出し、机の上のマッチで火をつける。
深くタバコを吸い、煙をゆっくりは吐きながら呟いた。
「これは俺のカンだが、今回の指令はおそらく厳秘か隔秘に属する。俺のようなヒラの年寄りには近寄れない任務に、貴様はつくのだろう」
特警内の特定部署で厳重に秘密を管理すべき、厳秘事項。
特警内で秘密を知りうる者は数名に限られる、隔秘事項。
確かに、これらの任に就く者は、特警の同僚にも職務内容を漏らせない。
「つまりは、俺からの捜査のイロハ教習は今日限りということだ。明日からはお
そう言うヤマに、安吾は「ハッ」と敬意を込め敬礼を返す。
「まぁ、あまり力みすぎんようにな。何しろお嬢様方の先生みたいな御身分らしいからな。元々の貴様のような
ヤマはこれまで見せたことのない深い笑みを浮かべ、言う。
「貴様がこの使命を終える頃には、俺は定年退官だろう。秋田に戻ることになるか帝都で警備員でもするかはまだ知らんが。茶飲み話ができるようになったら、したくなったら立ち寄りな」
交代の捜査員が到着した。
最後にヤマと握手を交わし、安吾は部屋を辞した。
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