夢は捨てた

 ヒロシにはそれ以上説明することもできず、うやむやのままに解放された。一体自分は何を作り出してしまったのか?

 当然マスコミは大騒ぎし、心理学者や宇宙物理学者を引っ張り出して事件の原因を探ろうとした。だが、原因を作ったと思われる当人がわからないのだ。他人にわかるはずがなかった。

 そんな中、ネット上でもっともらしいうわさが流れた。動画を途中まで見たとか、片耳だけで音声を聞いたというネット・サーファーが仮説を立てたのだ。

「あの動画を観ると、『白い部屋』に行ける」

「その部屋は異世界につながっていて、呼ばれた人は異世界に飛べる」

そうまことしやかに囁かれていた。

 動画を独自に再現したというポストも大量発生したが、どれもガセでただのノイズ動画だった。

 日本だけで1千万人が失踪した前代未聞の大事件は、発生後1年で忘れられていった。


「スナッチャー、社食に移動します……」

「了解。観測を続けろ」

 事件から1年後、映像制作会社に入社したヒロシを監視するチームがいた。

「法律上君を裁くことはできない。君はいかなる罪も犯していない。道徳的にも問題はない」

 ヒロシを取り調べた警察官はあの日そういった。

「しかし、野放しにすることもできんのだ。もしかしたら、君は人類史上最も多くの人間を死なせる原因を作った男かもしれない」

 その日からヒロシには24時間監視が付いた。「スナッチャー」というコードネームを付けられて。

「絶対に、いいかい、絶対に動画も音声ファイルも作るな。法で禁じることはできんが、我々が禁止する。これは日本国政府が承認した超法規的措置だ」

 ヒロシはその警告に従った。世間が忘れようとも、自分は事件のことを忘れることが出来なかった。

 制作会社に入社はしたが、現場からは遠ざかった。クリエイターとしての夢は捨てた。

「専門学校を出ているのに総務を希望するやつは珍しいよね」

 先輩はヒロシの希望職種を聞いて不思議がった。そんな時はゆがんだ笑いを浮かべて話を逸らす。変わったやつ、と周りからはいわれた。

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