一回くらい試してみなよ
◆一回くらい試してみなよ
朝になるとレヴナは、自分を聖神世界に送ってくれと言った。
「キルコと同じさ。仕事しなきゃな」
「今日ぐらい休んだら……?」
「送ってくれよ。俺が休んだらみんなが困るだろ。またあのオヤジの魂を降ろして、アイツらに指示しなきゃならねェんだからよ」
「うん……」
ボクはレヴナを聖神世界、ダートムアの地に送った。ドウジマさんはもう働いており、カラフルで巨大なニワトリ……に似た魔物に荷車を引かせていた。ワニトリという口がワニの巨大ニワトリ。
「なぁ、キルコ」
「なに?」
レヴナが静かにボクを呼んだ。
「負けちまったけど、俺を嫌わないでくれよ。俺、ちゃんとこっちでは仕事すっから」
「ううん! 嫌うわけないよ!」
レヴナは僕に背を向けたまま、黙っていた。
ドウジマさんの働く音だけがしばらく響いた。
「俺たちってさ」レヴナが口を開いた。「誰かが夢中でプレイしたゲームのデータなんだってな。イメージや思い入れを吸い込んだデータ。たく……なんで俺のプレイヤーはこんなメンドくさい人格を俺にうつしたのかねェ」
レヴナはゆっくりと歩き出した。ボクは相槌を打っただけだった。
「使い捨てられるまで、頑張るからさ」
言葉に詰まった。
そんな悲しいことを言わないでほしかった。
どうしてこんなタイミングで、スープカレー店のニンジャから、閑古鳥を飼っているとしか思えないマイコの方に左遷された日のことを思い出すのだろうか。
この店じゃ使えないから、あっちに行ってもらおう。
社長が言ったのだ。たまにやってきて、とやかく言う人。ホールでアタフタしているボクについて、社長が、マイコの店長である井荻さんと話しているのを聞いた。
煙草を手に店長は、「あーーーー」と長い母音の後に、「分かりました」と言った。
それにあのナリで30歳って嘘だよね? どこの国の人なの?
店長は「んーー」と迷った後、「自称、社長と仲が良い人って美人の紹介ですよ」
あーーーー? そなの? んーー、覚えてないや。
この土地に来てから、何度も助けてくれた、最初のお隣さんのことだ。女神のような人だったあのお姉さんなら、人のことを使い捨てるなんて言うはずがない。ボクだってそんなことは言いたくない。言わない。
お姉さんはよく言ってきかせてくれた。
『優しい気持ちを忘れちゃいけませんよ。優しい気持ちで頑張っていれば、いつか良いことがありますから。こわーい気持ちで必死になってると、良いことがあっても、こうなるのは当然なんだーって思ってしまうんです。でもね、感謝の気持ちを忘れないでいれば、良いことがおこったとき、素直に喜べるんですよ』
ボクが意地汚いばかりの貧乏人にならなかったのは、あのお姉さんのおかげだ。
ボクはみんなを使い捨てるような魔王は嫌だ。
「レヴナ! さっきはたくさん守ってくれてありがとう!」
気の利いた言葉が見つからず、ボクはレヴナの背に叫んだ。
まぁ……もうボクにはもう王冠はないけれど。
レヴナは少し立ち止まって、背中越しに手を振ってくれた。
ありがとう。
現世に戻ろうとすると、ドウジマさんが数人の男性を連れて駆け寄ってきた。
「キルコ、わりぃけどこいつらに隷属魔法をかけてやってくれねえか?」
「この人たちは?」
「一応勇者だ。農夫とか教師とか戦闘向きじゃねえけど人手にはなる。低レベル過ぎてゴートマに攫われずにこの世界をうろついてたみたいなんだよ。だがなぁ、低レベルを責めたくはねえんだけどよ、いかんせんどうも力が弱いんで、キルコの力を借りたいのよ」
「ボクなんかでいいのかな」
「何言ってんだ? もう俺らの中じゃキルコの力が超重要なわけよ。隷属魔法……まぁ眷属ってことだ。主から魔力を分けてもらってパワーアップ、みんなハッピーって寸法でい。ゴートマなんかよりよっぽど強いってみんな話してるぜ?」
キロピードや闇黒三美神に負けたけれどね。
「ぼくら、ドウジマさん達に誘われて、是非キルコさんの下で働きたいって思ったんです」
「一回くらい試してみなよとか、楽に強くなれるよとか、みんなやってるよとかって」
そんなドラッグみたいな誘い方したのかい。
でも、そう言ってくれるなら。
「分かりました。みなさんの真名を教えてくれますか」
プレイヤーが付けた名前を教えてもらった。初の試みだったけど、心臓を貫かなくても両者の同意があれば可能のようだ。
こんな契約、悪魔に魂を売るのと似たようなものじゃないのかな? なんて思うけど、聖神世界に迷い込んだ勇者たちからすると、ゴートマの支配はとても恐ろしいという。
「町で仲良くなった女性についてった先で、魔物に連れていかれる……なんて話もあります」
「気付いたら家族や友人が……なんてのも聞きました。枕を高くして寝られませんよ」
「他に迷ってる人たちがいたら声かけてもらえますか?」
「もちろんですよ。栄養剤みたいなものだからこわくないよって」
「痩せたり肌がキレイになるよって、誘っておきますね!」
ありがたいけど、やっぱ誘い方がドラッグ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます