闇黒騎士 キロピード
◆闇黒騎士 キロピード
嫌な予感と共に目が覚めた。
あたりは暗い。時計を見ると深夜だった。
「やべこ?」
主寝室、隣の布団は空だった。やべこがいないのだ。それから現世で一緒に過ごしたがって聖神世界からついてきたレヴナもいない。書斎にも客間にも、リビングにも。
玄関を見ると靴がなかったので、ボクはサンダルをつっかけて外へ出た。
2人はいた。吹き抜けになってる階段室の踊り場から空を見上げている。
「キルコ様、おはようございます」
「て時間じゃねぇ。まだ丑三つ時だ」
「2人とも……どうかしたの?」
「いえ、ふと嫌な空気を感じて目を覚ましたので。あちらから、感じます」
やべこは正面、渋谷方面を指差した。高層ビルが真っ赤な光の蝋燭を立てて、密集しているのが見える。生温かい風が吹いた。まるで透明の魔獣が目の前で息を吐いたような、嫌な風だった。
「戻ろうよ、やべこ、レヴナ」
「私は寝ずの番をさせていただきます。念のためです。ここまで強い魔力を感じたのは初めてなので」
「キルコが1つの布団で寝てくれると言っても、ちょっとコレは俺も心配だねェ」
そんなに、そんなに強い刺客が来るの?
「でもやべこ、今は夜だし、終電終わってるから、たぶんまだ来ないよ」
自分でも言ってて妙だったけど、いつもみんな電車で着てるらしいから。
「いえ、恐らく違います。近づいてきています。これは……もしかして」やべこは一度セリフを飲み込んだ。
「もしかして……?」
「これは、タクシーで来ている可能性が」
「なんて非常識な!」
いや、敵ってそういうもんなのか。
「いかがいたしましょう。敵方が朝まで待つとも思えませんし」
深夜料金のタクシーに乗ってまで下北沢を目指し、夜を徹してまでボクを探しにくる刺客が、ボクのバイト中にどんな迷惑をはたらくか分かったものじゃない。
もし……とりかえしのつかない問題が起きて、その責任を問われたら、最悪、解雇だ。
むしろ解雇で済めば良い方だ。不法滞在の異世界人だと吹聴されたらボクは行くところが無くなる。好きなこの街、この部屋で住むには仕事が必要だ。お金が、居場所が必要だ。
「迎え撃とう。この夜襲」
ヤジキタやダートムアで暮らせないかとも考えたけど、それはゴートマを倒さない限りは、善い選択とは思えない。戦力を小出しにされているから刺客を退け続けている。それなのに聖神世界でボクに向けて全戦力を投入されたら勝ち目はゼロに等しい。
「かしこまりました、キルコ様」
「強い勇者が手に入れば御の字ってやつだしな」
ボクらは準備を調え、アパートを後にした。
聖神世界のみんなは連れてこなかった。99レベが2人もいるし、起こすのも悪かったから。
「キルコ様の魔力をたどられ、お城の場所がバレたら一大事です。なるべく遠くへ向かいましょう」
「そういやあのアパート不思議だよな。というかあの辺一帯だ。なぜか魔力がボヤけてる」
「聖神世界でもそういう土地があったでしょう? マナが入り乱れて繁雑とした場所が」
「そりゃあったが、どうも……。なんつうか俺が使う属性の反対っていうかさ」
「反対とは?」
「神聖っていうか、陽キャみたいな空気だよ」
「陽キャ……」やべこが首を傾げた。
ボクらはやべこと初めて出会った(襲われた)神社、下北八幡にやって来た。
「近いですね。向こうも探るように住宅街を移動してます。捕捉されてますね」
タクシーなら、運転手さんを巻き込まないように、イワフネへと引きこまなければ。まぁ……目の前で人が消えたとなると、幽霊を乗せたとびっくりさせちゃうかもだけど。
向こうの角をタクシーが一台曲がってきた。
ボクはイワフネ形成のイメージを始めた。前回はチーズカッターズを巻き込んでしまった。そうならないよう集中する。
対象はボクらと、少し先でタクシーを降りてきた……闇黒三美神と、それから真っ黒い鎧に全身を包んだ大柄の人物。
イワフネ・発動!
ドット調が混じった戦闘ご都合空間、下北八幡に7人。
「おい、運賃払う前だったぞ」
「結構遠くから来ましたが……」
「深夜割増なのにかわいそうだよっ!」
三美神はいつも通りだけど――――、
「俺はゴートマ様が右腕、闇黒騎士キロピード。戦場にお招きいただき感謝する、前魔王よ」
低く威圧感のある声が、鎧の中から響いた。素顔はおろか、肌の色すらも垣間見ることができない、闇黒の鎧。
「前ではない。魔王はキルコ様ただ1人。ゴートマは卑怯な裏ぎ――――」
やべこがセリフを言い追えぬうちに、キロピードと名乗った騎士はボクらに肉薄し、大きな黒刀を振りかざしていた。直後の金属音はやべこの剣と黒刀がふつかる音だった。
「ゴートマ様を侮辱することは許さない」
「ゴートマは次期魔王のまま終わる」
「そんなことは万に一つもない」
ボクは事前にやべこから渡されていたショートソードを構える暇もなかった。
はや……。
呆気に取られてるうちに、ボクの体は何かに引っ張られた。低く宙を飛んでキロピードから距離がとられる。
「キルコ、アイツからは離れた方が良さそうだこりャ。アイツはヤバい」
数珠を周囲に展開したレヴナが抱えていたボクを下ろす。
「やべこが!」
「アイツなら大丈夫だろ。俺と同じ99レベだし。隷属魔法の主として、アイツに力を送ってやりな」
「どうやるの?」
「知らないのか? なら頑張れって思っときなとりあえず。コッチを相手しながらねェ」
コッチ、闇黒三美神。
「夜分に悪いなぁ、キルコ。それからもう一つ悪いことに」
「今宵の我々は一味違います……」
「背水の陣ってやつだよっ!」
つまり、後がないってこと?
対峙した三美神は、これまでと雰囲気が異なった。
「ケケケケッ! 何言ってんだよ。つい半日前にやられたばっかじゃねえか」
レヴナの言葉を、リビエーラは鼻で笑い飛ばした。
「勇者達と闘った時ぐらいに必死だぜ。さぁさぁハデにいこうか陽気にいこうか!」
「いやいや地味にいこうか陰気にいこうか」
「われわれ極悪非道な魔王様が遣わし強者」
「炎熱かわずリビエーラ」拳銃から液体を連射し、
「氷雪おろちプルイーナ」目に見えるほどの冷気を吹き、
「雷電かつゆエクレーア」一瞬じゃ消えない稲妻を発し、
レヴナが放った数珠の攻撃を全て防いだ。
「「「闇黒三美神」」」
それぞれが属性の異なる魔法を繰り出してくる。
ボクは、ボクに追従してくる数珠に守られながら、あたりを必死に走り回った。
「ケッ! たしかに一味違うねェ」
「分かってくれて嬉しいぜ! 元闇黒四天王レヴナ!」
リビエーラの二丁拳銃は片手で持つには大きく、それぞれにトリガーか2つ付いていた。1つは油を発射するトリガー、もう一つは、
「そこ! 爆ぜろ!」
小さな火花を高速で発射する。点火するためのトリガーだ。
足元が油で濡れてないかばかりに気を取られていると、
「『
凍りついた神社の大木、その枝葉から細かくも鋭い氷柱が降ってきた。
「うわッ!」
足下から燃え上がる炎、上から降り注ぐ氷、上下ばかりを警戒していると、
「『
横からの電撃のツブテが飛んでくる。
数珠が攻撃を弾くたびに火花や氷や電気が散った。
視界が激しい明滅により乱れてくる。
「キルコ! 大丈夫か?!」心配したレヴナが声をかけてくる。
正直もうワケが分からなくなっていた。
闇黒三美神、すごい連携だ……! 最初から自分達で闘ってればよかったのに。
油で足が滑った。転倒、強かに背中を打った。
「火だるま確定!」リビエーラが拳銃をボクに向けた。
「キルコ!」
レヴナの数珠が地面を激しく打つ。砕けた地面のドット……キューブとなってバラけたものが舞い上がる。
チっ!
と目の前のキューブで小さな火花が爆ぜた。火気を防いだことにより火だるまは免れた。
「知ってるかい? 数珠は人間の煩悩と同じ数だけあんだよ。つまり108個!」
いくつもの数珠が地面を連続で叩く。更に浮いたキューブを同じく数珠で打ちまくる。その中には火のついたものもあり、油を吸ったものもありで。結果ほぼ全てのキューブが炎の弾丸となって三美神へと。
「2人とも私のそばへ……。『
断崖絶壁のような氷の滝が現れ、炎を防いだ。
レヴナはここぞとばかりに攻撃を加える。
今のうちだ。
ボクは凍らされた大木に駆け寄り、両手で触れた。
イワフネのデザインは見慣れた神社でも、あくまでここはボクが作り上げた空間。たとえば瞬時に地面から針を生やして攻撃するなんてことは無理だとしても。
樹の触れた箇所から広がるようにして徐々にドットが消失していく。
「倒れまーす!」
ちょっといじるぐらいは可能だと思った。
そして、その狙いはうまくいった。
大木は氷を降らしながら三美神たちの方へ倒れていく。
「ナイス、キルコ!」
そのレヴナの言葉をかき消すように、エクレーアの声。
「させないよっ! 『
大きな塊が氷の裏から飛び出してきた。大木に衝突すると、木は粉々に打ち砕かれた。塊というのは、エクレーアが背負っていた殻だ。
「からのっ、『
凄まじいスピードで落ちて来たエクレーアが地面を穿った。直撃は避けられたけど、ボクは衝撃によって空中に吹き飛ばされてしまう。
三美神……強っ。
宙を飛びながらやべこの方を見た。目にも止まらぬ剣戟が繰り広げられている。
「遊びは終わりだ、勇者よ。『闇夜疾駆』」
キロピードの鎧の合間からどす黒い闇が放出され、やべこを中心に闇は立ち込めた。
ボクは地面に落下した。痛いけど、HPが高いからこれくらい平気だった。
あれ? この地面、揺れてる?
闇の中で、地面を擦るような騒がしい音がしていた。巨大な何かが這い回るような、数多の何かが走り回るような、そんな音に混じって、やべこの悲鳴が聞こえてくる。
「ここまでみたいだな、キルコ」
気づかぬうちにそばに立っていたリビエーラがボクに拳銃を向けて言い放った。
振り返ると、足下から氷づけにされたレヴナが、ボクが落としたらしいソードをエクレーアに突きつけられている。
「王冠を渡しな。さもなきゃ……ってやつだ」
王冠。これは、ボクが魔王である証。
「キルコ様……いけません」
「キルコ、渡すんじゃねえぞ……!」
闇が晴れた。鳥居の下の辺り、やべこは地面に伏していた。キロピードに背中を踏まれ、身動きとれずにいる。レヴナも動けるはずがない。
ボク1人でどうこうできる状況じゃなかった。火を見るより明らかだ。勝ち目はもはやゼロ。
「前魔王よ。渡したくなるようにしてやろう」
キロピードが剣を振るった。大きな石の鳥居が、人参や大根みたいに容易くカットされる。本当にお野菜ならよかったけど、そうはいかない。さっきの大木みたいに消すことも間に合わない。あんなのに潰されたらひとたまりもない。
仲間を守れなくて、何が魔王か。
ボクはイワフネの発動を止めた。一部を消すより、これなら一瞬で現世に戻れる。2人をまた別のイワフネに転送しようかとも考えたけど、そう器用に、瞬時にはできそうになかった。
ボクは負けた。
「どうぞ……」
ボクは王冠をリビエーラに差し出した。
「…………」リビエーラは一瞬迷ったように固まってから手に取る。「おい、帰るぜ」
プルイーナが魔法を解いたのか、レヴナを固めていた氷はシャーベットになった。
「帰ったらよく温めることですね……」
「呪わないでくださいねっ」
「ケケッ、夢枕に立ってやるよ……」
「ひっ!」
三美神が神社を出ていく。キロピードは、リビエーラが手にした王冠に顔を向け、それからボクを指さした。
「また会おうぞ。前魔王よ」
4人は待機していたタクシーに乗り込み、まだ暗い夜の町へと消えていった。
「ごめんね」
ボクが弱い魔王なばっかりに。
少しくらい役に立てると思ったボクがバカだった。
2人への申し訳ない気持ちの中に、「あぁ、明日もバイトか」だなんて呟きが混じっていることが、本当に、本当に情けなかった。
神社の冷たい砂地では、夜だというのに黒光りした蟻たちがせっせと動き回り、無邪気な色をした蝶々を解体していた。
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