『They couldn’t move on』解説②
次に、私が絶対に明かさない作中の謎を挙げる。
一、語り手「私」の人生
二、「私」が転生を自覚する前のオーウェンの人生
三、四話で客室のドアを叩いた人物の正体
四、婚約者ジャクリーンとオーウェンが争った理由
上記の通りである。他にも明かされていない謎があるけれど、微細すぎるし、読者の方々の解釈に任せたいところもあるため、ここでは列挙しない。
一、二は、人生というのがあまりにも長く、作中では匂わせるだけで十分だから書かない。三は、ツイッターでの更新ツイートでも説明した通り、蛇足であり、特に自己満足の面が強い要素であるため、解説しない。
四に至っては、婚約者同士の痴話喧嘩なんぞ書くに値しない、飛ばした唾で鼻炎でも発症してしまえ――という本音がある。
しかし、それだけではなく、旧時代的な世界観がもたらす恋愛観の違いも理由にあった。
お察しの通り、『They couldn’t move on』は中世ヨーロッパ風ナーロッパを舞台としていて、史実に逆らうように、メインとして信仰されている宗教は、一神教ではなく多神教だ。
この設定には、作者が中世ヨーロッパを興味本位で調べたところ、キリスト教の戒律の厳しさから、色恋によって人間関係が
一神教を信じてオーウェンの女遊びが成立しなくなるのなら、多神教がメインの世界にすればいいじゃない! という短絡的思考である。
確かに、かのジュリアス・シーザーの色狂いは凄まじかったし、彼の時代には多神教がメインだった。しかし、どの宗教を信じたところで、私が書きたかったものを十全に書ける世界観にはならない、と後で気付いた。多神教設定を施したあとのことだ。
梅木が書きたかったミステリは、あらすじの通り、転生先の肉体の、これまでの人生を探るというものだ。自殺者の女学生は、女遊びの大好きな美青年に転生してしまうが、マーガレットやハロルドに擁護されて、放蕩による白眼視に気付けない。
そういうミステリを書きたかったのである。
しかし、中世ヨーロッパのような世界観では男女同権はあり得ず、女の浮気が厳罰の対象になることはあっても、男の浮気は見過ごされるらしい。そんな世界観では、語り手「私」がオーウェンの人物像を探ったところで、遊び人という結論は出ない。周囲が彼の遊びを倫理に反したものと思わないからだ。
男女問わず浮気が駄目というのは、結構おニューな観念なのである。
だから、趣向を変えて、部分部分に謎を仕込みながらも、語り手に探偵役を放棄させた。
せっかく男女不平等の話をしたので、ここで小ネタを披露する。
『They couldn’t move on』の舞台は異世界のため、言語は既存のものではない。あらすじにも、「口調が機能していない」「言葉の意味だけ伝わってる」と記している。
これはつまり、前世が女性で、女性としての思考を持ちながらも、「私」が使っている肉体は男性であると、読者には頭のどこかで考えていただきたいのである。
本文から台詞を引用すると、
「できないの? 魔法教えてるんでしょ?」(二話より)
これは一応、女の子の平易な口調をイメージして書いたが、その女の子っぽさはあくまで「私」か読者にしか伝わらない。こんな内容の言葉を喋っていても、発言者は、十代終わりくらいの金髪青年で、声が低い。
この言葉を受けたマーガレットとしては、
「できないのか? 魔法、教えてるんだろ?」
くらいの威圧感を持った粗野な口調として聞こえている可能性がある。本当のところは分からない。
しかし、日本語だったら一人称や語尾で簡単に「女性っぽさ」「男性っぽさ」の現れるところを、この世界観では「私」が思ったようにしか描かれないため、想像の余地が生まれるのだ。ボイスドラマでもアニメでもなし、声の出し方、間の入れ方も分からないから、口調のようなニュアンス的なことは幾らでも解釈可能だ。
ノアの一人称だって、「私」は「ワタシ」と言っているように聞いていたけれど、本人は「僕」のつもりだったかも。
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