第19話

 それから、どれくらいの時間が経っただろう。


 ゴオオオと、天井や壁をはじめ、建物全体が揺れる音を聞き、扉の外で何かが起きていることを察知した。

 それが事件か、事故かは分からない。マーガレットが関わっていることは分かるが、それ以外は、何も。


 ロケーションが最悪だ。天井も壁も分厚く、外の状況を確認できない。


「外、か……」


 分かったところで、何を今更。

 私の状況と心境を、私以上に理解してくれる人間がいるだろうか。求めるものを与えてくれる人間が存在するだろうか。


 誰も分からない。皆、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿。トンチンカンの溢れた外界に出て、何の意味があるのか。


 扉が開く。

 先程会ったときと寸分変わらない様子で、マーガレットは微笑んだ。


「――だからって、あなたに従うのはね」

「? なんと仰ったのでしょうか」

「知らない」


 彼女が近付くと、鼻につんとした刺激。昨日今日、何度となく嗅いだ鉄の匂い。


「お時間をおかけして、申し訳ありません。夕御飯を――」

「そんなものはいいから、理由を言って」

「理由?」

「私を監禁した理由」


 目を見開くマーガレット。彼女は、少し眉を寄せて、苦笑した。状況を考えてほしい。


 そうですね、とうざい前置き。


「理由は、失敗を取り戻すためです」

「失敗?」


 差し出されたパンから、顔を逸らした。


「はい。私、失敗したんです。ずっとずっと、生まれも育ちも、全部、誤りました」

「――――」

「私は、“最も野蛮な者”も、“天上を侵す者”も、全く信じてません。だけど、信じるのが当たり前のところで育てられ、魔法を学ばされて、こんな仕事に就いてしまいました」

「不本意なんだ」

「ええ。……本当に、魔法しかできないんです。好きってわけでもないんです。だから、それを信じたかった……それだけは、信じたかった。なのに」


 両目の端から、透明な雫が流れる。今度の涙は、恨めしげだ。


「あなたには、効かなかった……」


 魔法が? いや、彼女は私に魔法なんて―――


「何を言ってるの?」

「お戯れはおやめください、と三日前に申しました。今のオーウェン様に、私の企図きとはばめません」

「企図って、本当に分からないんだけ――」

「オーウェン様の記憶を、今度こそ消すことです! 分かってるのに、どうしてそんなことを仰るんですか!?」

「――――」


 絶句した。

 今、この女、なんて言った?


「私の記憶を?」

「はい」

「あなたが、消したの……?」


 失敗しました、と首を横に振るマーガレット。


「オーウェン様には、これまでの記憶がきちんと頭に入っています。儀式の作法を誤ったのかも……」

「ちょっ、ちょっと待って……私は、記憶を失ってる。聞かなきゃ、自分の名前も、あなたの名前も分かんなかった。あれは、」

「物忘れゲームでしょう? オーウェン様が私の企みを見抜いていたことは、分かっております」


 違う、と言いたかった。だが、彼女は、眉を顰め、目元を赤く腫らす。その痛切さが、私に真実よりも情を訴えてきた。


 のみならず、私の情を圧殺する暴虐ささえある。

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